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ナムジャイブログ

2009年11月30日

スワンナプームもせこくない?

 アジアの空港でノートパソコンを開く癖がついてしまった。格安エアラインで世界一周をしてからだ。
 シンガポールやクアラルンプールの空港では助かった。クアラルンプールのLCCT(ローコストキャリア・ターミナル)では無料の無線ラン電波を拾った。そこで格安エアラインの航空券を買っていった。
 シンガポールのチャンギ空港にできた格安エアライン専用のバジェットターミナルには、ネットにつながった無料パソコンコーナーがあった。こういう施設がある空港は珍しくないが、シンガポールは日本語環境まで整っていた。
 香港、台北、上海、ソウルの空港は、イミグレーションを入ると、無料の無線ラン電波が飛んでいる。乗り継ぎ時間にメールをチェックできる。日本の成田空港は電波こそ拾うもののすべて有料。いかにも日本らしい環境だと思う。
 バンコクのスワンナプームは? 以前、空港内のVIPルームに近づき、そこから洩れる無線ラン電波を拾っていた。こういういい加減さがタイらしくてよかった。しかし今年に入り、一斉にセキュリティがかかってきた。「さて、どうすれば……」
 思いあまってイミグレーションのなかにあるインフォメーションデスクでそっと聞いてみた。すると、得意げな顔で、台帳用のノートを出した。
「ここに名前とパスポート番号を書いてください」
 すると『SVB Wireless Service』と書かれた紙をくれた。それを破くと、なかにユーザー名とパスワードが書かれていた。
「無料ですよね」
「ええ、15分です」
「………」
 タイのことだから、15分がすぎても伝わっているかもしれないと思った。しかしぴったりと切れた。
 のっけから有料の成田も寂しいが、スワンナプームもせこくない?

  

Posted by 下川裕治 at 13:36Comments(3)

2009年11月23日

閉鎖されるマイハウスホテル

 唐突な言葉だった。バンコクに到着し、いつものようにチェックインをした。そのとき、顔見知りのスタッフがこういったのだ。
「ユージ。来月の14日は泊まることができないよ」
 そう聞こえたのだ。
「その日だけ?」
 僕は聞き返した。
「違う。14日にこのホテルはなくなる」
 フロントのスタッフは「ハーイ」というタイ語を使った。
「………」
 その理由も聞けなかった。僕は少し動揺していたのかもしれない。
 マイハウスホテル。
 パホンヨーティン通りのソイ・アーリーにある。はじめて泊まったのは25年近く前になる。マレーシアホテル周辺や中華街の安宿しか知らなかった僕には高級ホテルだった。部屋には冷房があり、冷蔵庫や電話が置かれていた。その後、ソイ・アーリーの向かいのソイ6にあったタイ人の家に下宿し、タイ語を学んだ。家族でアパートを借りて住んだのもソイ・アーリーだった。
 その後は月1回程度の割合でバンコクに来る年月が十数年続いている。泊まるのは、いつもマイハウスホテルだった。月に数日として、年に約2ヶ月。僕は1000日近くこのホテルに泊まったことになる。
 僕のバンコクはいつもこのホテルであり、ソイ・アーリーだった。
 翌日、少し詳しいことがわかってきた。このホテルを買う投資家が現れたのだ。
 はじめて泊まったとき、すでに古いホテルだったから、築30年は軽く超えている。とり壊し、コンドミニアムが建つらしい。
「どこへ?」と聞かれても答えられない。
 僕にとって、ひとつの時代が終わったことだけはたしかだ。
 そんなことを、1泊620バーツの部屋でぼんやりと考えていた。
  

Posted by 下川裕治 at 13:06Comments(2)

2009年11月18日

タイ滞在1ヶ月のトランジットビザ

 ソウル経由で上海を往復した。乗り継ぎ時間にソウル市内に出た。そこで用事をすませ、空港に戻った。これもトランジット。なんだか得した気分になる。
 トランジットという用語は奥が深い。いや曖昧というべきか。
 飛行機に乗り、ひとつの空港に到着し、その国に入国せずに乗り換えるときがある。通常、それをトランジットという。待合室をトランジットルームと呼ぶ。
 しかしこれは一般的なトランジットであって、応用系がいくつもある。
 乗り継ぎ便が3日後ということもある。そういうときは、市内のホテルに泊まる。パスポートは空港に預けたままになるが、街は自由に歩くことができる。昔、この手でモスクワやワルシャワに滞在したものだ。
 このトランジットは国によってルールが違う。シンガポールや台湾のように24時間以内というところもあれば、日本のように日が変わらなければOKという国もある。
 陸路の旅のトランジットもある。たとえば中国からカザフスタンを通ってロシアのモスクワまで列車に乗る場合だ。ロシアのビザがあれば、カザフスタンはトランジットビザを発給してくれる。その間なら、カザフスタンの街に宿泊してもいい。通常のビザより、はるかに簡単にとれる。
 以前、在日朝鮮人のビザの手伝いをしたことがある。彼は日本生まれで、日本での在留権はあったが、国籍は朝鮮だった。韓国人でもなく、北朝鮮でもない。南北に分裂する前の朝鮮なのだ。彼の父親は、この国籍にこだわっていた。
 彼が東京に暮らすタイ人女性と恋をした。タイ人女性と一緒にタイへ行き、両親に会うことになった。しかしその前に国籍の壁がたちはだかった。彼の父親が固執する朝鮮は外国上の国ではない。彼には国籍がなかったのだ。タイ大使館に相談を持ち込んだ。大使館は悩み、ひとつの結論を出した。それがトランジットビザだった。タイからの帰路、直接日本に帰らず、どこかの違う国に寄ることが条件だった。帰路は香港経由の飛行機になった。香港は飛行機を乗り換えるだけでもいいという。
 タイ大使館は問題を先送りした。そして彼に1ヶ月のトランジットビザを発給した。
 こういうトランジットもある。
  

Posted by 下川裕治 at 16:48Comments(1)

2009年11月10日

山谷がカオサンになる日

 泪橋の交差点から歩いていく。あのときもそうだった。そう30年以上前。僕は緊張した面もちで足を前に出していた。
 成田と山谷──。当時の大学は新左翼に揺れていた。全共闘時代のピークは過ぎていたが、大学に入ったらデモの隊列に加わることは当然のように思っていた。そんな学生だった僕にとって、成田と山谷は重く響いた。
 成田とは成田空港反対闘争であり、山谷のドヤ街は労働者の聖地のようにも映った。
 山谷の記憶は断片である。交番を囲むジェラルミンの盾。路上で寝込む酔っ払い。男たちの体から発せられる饐えた臭い……。
 あのとき以来、足が遠のいていた。
 久しぶりに歩いた山谷からは、あのアナーキーなエネルギーが消えていた。日雇い労働者はいるが高齢化が目立つ。夜の8時だというのに、多くの店がすでに灯りを落としていた。どこか地方都市にやってきたような感覚だった。
 ときどき灯りがついている場所がある。近づくと、外国人用のゲストハウスだった。かつてのドヤを改装したバックパッカー用の宿だった。すでに10軒近くあるという。ドミトリーは1泊1500円だという。
 山谷がバンコクのカオサンになる?
 そんな話も聞いたことがある。しかしカオサンの密度には遠く及ばない。定食屋や飲み屋のなかには、外国人を断る店もあるのだという。
「外国人より日雇いの男たちを愛する街ですから。ここは昔ながらの下町なんです」
 東京という街の歴史は、そう簡単には身売りしない……。その気概がかろうじて山谷を支えていた。  

Posted by 下川裕治 at 13:47Comments(0)

2009年11月02日

民族を隠して生きるということ

 明るい踊りだった。沖縄のエイサーもいいが、どこか寒さを吹き飛ばすような楽天性が嬉しかった。
 チャランケ祭りに出させてもらった。毎年、中野で行われるアイヌと沖縄の祭りだ。はじまる前、カマイノミという儀式にも加わった。地上にあるさまざまな魂に感謝する儀式だ。炭火を囲み、どぶろくがまわってくる。
 祭りを眺めながらアイヌと話をした。
「しばらく前の数字ですが、関東には2000人ほどのアイヌが暮らしています。でも、これは、自分がアイヌだと表明した人の数。実際はその倍はいると思いますよ」
 20年前、いや30年前の沖縄だった。あの頃、沖縄の人々は出身を隠すように本土で暮らしていた。差別の構造が横たわっていたからだ。
 しかしその後、沖縄ブームが起きる。東京には次々に沖縄料理屋ができていく。沖縄の人たちも、その出身を隠さなくなった。
「沖縄ですか。いいですね」
 日本人がつくりあげた社会は、膨大な富を生んだが、同時に神と精神的な豊かさを失った。だから沖縄……という発想は、沖縄の人には受け入れられなかったかもしれないが、羨ましという視線を向けられることは嬉しかった。少なくとも差別されるよりは。
 しかしアイヌはまだその手前で立ちすくんでいる。
 祭りに出させてもらったのは理由があった。来年の2月に、チェンマイの北のチェンダオという町で、少数民族の祭りが予定されている。そこにアイヌと沖縄の人が参加しないか、という打診をしていたのだ。資金はないから、参加者は自腹である。
「アイヌは無理だよ。皆、貧しいから。日雇いも多い。去年の秋からの不景気で大変なんだ」
 僕には返す言葉がなかった。
 沖縄の人たちは自腹で参加すると手を挙げている。沖縄の人たちも同じように貧しい。
 この違いはなんなのだろうか。出身を隠して暮らすか、隠さないか。その違いのような気もするのだ。
  

Posted by 下川裕治 at 14:10Comments(0)