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ナムジャイブログ

2015年06月29日

別世界に暮らした1週間

 今日(6月28日)、退院した。きっかり1週間の入院になってしまった。いまでも下腹部はかなり痛いが。
 鼡径ヘルニア、つまり脱腸という、外科の領域ではそれほど難しい手術ではない。しかし、手術は手術である。
 一昨日の午後、手術室から病室に戻ってきた僕の体には、いくつかのチューブとコードがつながっていた。
 酸素マスク、痛み止めとリンゲルの点滴が2種類、指先に酸素測定器、胸に心拍を測る電極、両足には血栓を防ぐマッサージ器、排尿用のチューブは膀胱につながっていた。
 2~3時間で痛み止めの点滴と酸素マスクははずされたが、まだ何本ものチューブとコードがつながっている。この状態で寝なくてはいけなかった。チューブとコードがこんがらがり、寝返りをうつたびに、さらに収集がつかなくなっていく。
 朝になり、それらが一気にはずされた。
「排尿なんですけど、膀胱までチューブが入ると、もうおしっこをコントロールできなくなるんですね」
 看護婦さんに訊いた。膀胱から出る尿は、それ用の容器に溜められていく。
「おしっこのコントロールって、膀胱のいちばん下にある筋肉で行っているんです。そこより奥にチューブを差し込むと、自然と出てくるんです」
「人間の体って、そんなもんなんですね」
「そんなもんなんですよ」
 看護婦さんが笑った。
 ひとつの手術を受けると、次々に疑問が湧いてくる。最初からそうだった。僕はワーファリンという血液の凝固を防ぐ薬を飲んでいた。それをいったん切らないと手術はできない。そこでワーファリンを止め、ヘパリンの点滴に切り替える。ヘパリンはワーファリンに比べ、その効力が消えていく時間が短いため、手術がはじまる数時間前に点滴を切ればいいのだ。
 しかしワーファリンの効力が消え、ヘパリンに切り替わったことがどうしてわかるのだろうか。ベッドの上でかなり悩んだ。最近の病院はネットを使ってもいいので、検索していくのだが、僕は専門ではないのでなかなかわからない。回診の医師に訊く。
「いい質問ですね。ワーファリンとヘパリンは、測定値が違う。それをみればわかってくる。だからヘパリン置換ができるんですよ」
 そんな話をしていると、「助けてー」という老婆の声が廊下に響く。認知症の患者のようで、10分に1回ぐらい、館内にこの声が響くのだ。そのたびに看護婦さんがどたどたと走っていく。最近の看護婦さんは昔と違う。患者に老人が多く、優しいだけではやっていけないのだ。
 いまの病院は大きな問題をいくつも抱えている。そのなかに科学と現実が錯綜する。深夜にわけもなく歩きはじめる患者もいれば、自分の病気を棚にあげて、ヘパリン置換の話をする患者もいる。
 病院は僕の家から歩いて10分ほどのところにある。別世界に暮らした1週間だった。

  

Posted by 下川裕治 at 15:09Comments(2)

2015年06月23日

【イベント告知】下川裕治 ミニトークショー&サイン会

今回は、タイでの下川裕治
ミニトークショー&サイン会

お知らせです。

下川裕治の新刊

『僕はこんな旅しかできない』
『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』

の発売を記念して、

紀伊國屋書店エムクォーティエ店にてミニトークショー&サイン会を行います。



今回のトークショーのテーマは「国境」。タイと隣接する国々との国境や「裏国境」でのエピソードを語っていただきます。下川さん独自の国境越えの旅の味わい方が聞けるはずです。



下川ファンの方はもちろん、旅が大好きな方はぜひご参加ください!

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下川裕治 ミニトークショー&サイン会

日時:7月18日(土)
 14:00- トークセッション
 (1時間講演、30分質問) 
 15:30- サイン会
 (購入者限定)

場所:
エムクォーティエ 紀伊國屋店舗内

イベント詳細は、紀伊國屋書店エムクォーティエ店までお問い合わせください(無料・事前予約可)
TEL:020036507
email:skv@kinokuniya.co.jp1
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Posted by 下川裕治 at 18:27Comments(0)

2015年06月22日

病室まで締切が追いかけてくる

 このブログが読まれる頃、僕は病院に入院しているはずだ。
 手術を受けることになった。
 手術……。若干の緊張を引きずった言葉かもしれない。しかし病名は脱腸。正式には鼡径ヘルニアという。腸が出てきてしまった病気である。足のつけ根部分は筋肉の隙間で、なにかのショックで腸が垂れ下がってしまったようになっている。仰向けになると、腸はもとの位置に収まる。
 つまりは老化である。腸が飛び出ることを防いでいる膜が弱くなってきてしまったらしい。人工の膜をその部分に貼りつける手術になる。
 病院によっては、日帰りで手術をしてくれるところもあるようだが、僕はそういうわけにはいかない。不整脈という持病があり、そのため、血液の凝固を防ぐワーファリンという薬を飲んでいる。この薬をいったん切り、血液が固まりやすい状態にしないと手術ができないのだ。そのために入院しなくてはならない。
 僕は病院という場所が嫌いではない。胸躍るような場所ではないが、どこかほっとする空間でもある。不整脈のチェックのために、2ヵ月に1回程度は病院に出向く。医師と話をする。そこには、原稿とか締切といったものとは無縁の世界がある。医師は平等に接してくれる。病院の外では、編集者の冷たい視線に晒されていても、病院に入ると、すべてから解放されたような気になるのだ。
 こういういい方をすると、病気に悩んでいる人は不愉快に思うのだろうが、病気のメカニズムの話を聞くのも好きだ。そこは科学の世界である。精神力とか感情、意識といったものを排除した世界はある意味、心地いい世界なのだ。
 そんなことがわかったところで、病気が治るわけではないのだが。
「鼡径ヘルニアが老化だとすると、人間は最後には皆、そうなるんですか」
「150歳ぐらいまで人が生きれば、そういえるかもしれませんね」
「つまり直立歩行を選んだ人間の宿命」
「そうともいえます」
 そんな会話を医師と交わす。
 しかし病院も世間とは隔絶しているわけではない。
「入院ですか。その間の締切なんですが、どうされます?」
「ゲラが出るので、病室に届けます」
 はたしてどんな入院になるのやら。

  

Posted by 下川裕治 at 12:47Comments(1)

2015年06月15日

【新刊プレゼント】一両列車のゆるり旅

 怒涛のごとく続いております、またまた下川裕治の新刊発売に伴う、プレゼントのお知らせです。
 今回は地方交通線の各駅停車に乗り、沿線の駅前旅館に泊まっていく旅です。


【新刊】




下川裕治(著) / 中田浩資 (写真)


一両列車のゆるり旅
(双葉文庫)


◎ 本書の内容

 「超」のつくJRのローカル線である地方交通線の各駅停車に乗り、沿線の駅前旅館に泊まっていく旅。乗った路線は身延線、大糸線、水郡線、只見線、久大本線、肥薩線、五能線、留萌線、宗谷本線など。大糸線では山を眺め、留萌線では猛烈な吹雪に襲われる。その沿線にある駅前旅館は、昭和のにおいがする宿である。日本のローカル線に似た韓国と台湾の列車旅も紹介している。


【プレゼント】


新刊本『一両列車のゆるり旅』を、

抽選で"3名さま"にプレゼントします!

応募の条件は以下です。

1.本を読んだ後に、レビューを書いてブログに載せてくれること。
(タイ在住+日本在住の方も対象です。)

応募は以下の内容をご記入の上、下記のお問合せフォームよりご連絡ください。応募受付期間は2015年7月15日まで。当選発表は発送をもってかえさせていただきます。

えんぴつお問合せフォーム
http://www.namjai.cc/inquiry.php


1.お問合せ用件「その他」を選んでください。

2.「お問い合わせ内容」の部分に以下をご記載ください。

 ・お名前
 ・Eメールアドレス
 ・ブログURL(記事を掲載するブログ)
 ・郵送先住所
 ・お電話番号
 ・ご希望の書名(念のため記載ください)


今すぐほしい!という方は、下記アマゾンから購入可能です。

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一両列車のゆるり旅(双葉文庫)
  

Posted by 下川裕治 at 15:13Comments(0)

2015年06月15日

レトロ旅ができなくなる

『一両列車のゆるり旅』という本が発売になった。双葉文庫である。このブログでもときどき登場した旅である。
 僕には珍しく、日本の旅を中心にまとめている。地方交通線という、JRのローカル線のなかでも、「超」がつくローカル線を乗り継ぎ、泊まるのは駅前旅館という、レトロな旅である。
 地方交通線と駅前旅館は互いに寄り添うように、いまの時代まで生きてきた。駅前旅館の多くが、近年、ビジネスホテルに代わっていった。ビジネスホテルに建て替えるには、それなりの資金がいる。そこで地元の銀行に融資を依頼することになる。
 JRの路線は幹線と地方交通線に分かれている。乗客が多い幹線の駅前にある宿は、融資を受けることができる。ビジネスホテルの宿泊客を見込めるからだ。しかし地方交通線は難しい。1日に数本の列車しか走っていない路線が多い。利用するのは、地元の高校生か、車の運転をしない老人ばかりだ。ビジネスホテルをつくっても、経営がなりたたないのだ。銀行融資を受けられないのだ。
 駅前旅館の多くは、兼業旅館である。ご主人は会社勤めをしている。宿を切り盛りするのは奥さんだ。そんな状況だから、廃業するケースが少ない。宿泊客が少なくても、それなりにやっていける。
 こうして地方交通線の沿線に、駅前旅館が残っているわけだ。
 しかし駅前旅館のこれからは危うい。跡継ぎがいないのだ。そのへんは、日本の農家に似ている。そうこうしているうちに、駅前旅館を経営するおばさんも年をとっていく。いまは60歳台から70歳台。年金を受け取る年齢である。彼女らが体調を崩したら、駅前旅館は消えていってしまう。
 厳しい状況だが、駅前旅館に泊まっていく旅は楽しかった。日本のビジネスホテルはマニュアル化され、どこも同じような顔をのぞかせる。しかし駅前旅館を仕切るのはおばさんだから、彼女らの流儀が宿を支配しているのだ。どこか下宿のおばさんに接するような感覚なのである。それに、駅前旅館は安い。1泊2食付きで、6000円台といったところが多い。温泉旅館のように豪華な食事は期待できない。家庭料理の域なのかもしれないが、気を遣った料理を出してくれる。
 僕は1週間ほど前に61歳になったが、この年齢の男が泊まるには頃合いの宿なのだ。
 この本が売れればいいなぁ……と思っている。2弾目が決まれば、また、駅前旅館に泊まることができる。いや、取材ではなくてもいいのかもしれない。これから日本では駅前旅館に泊まっていけばいい。
 しかし駅前旅館は減る一方だ。地方交通線にも乗らなくてはいけない。こちらも将来は危うい。多くの路線で採算がとれていないからだ。急がないと、日本のレトロ旅もできなくなってしまう。
  

Posted by 下川裕治 at 14:42Comments(1)