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ナムジャイブログ

2018年02月26日

遊び感覚の主食

 知人の森卓さんが『ラオス食堂』をオープンさせた。といっても、毎週土曜日だけ1ヵ月ほど店を開くという。開店前の助走といったところだろうか。彼は15年、ラオスで暮らした。ラオスと日本を結ぶもの……そんな発想が『ラオス食堂』には流れている。
 それほど大きな店ではなかった。まだメニューも多くない。何種類かのラオス料理が少しずつ味わえるプレートを頼んだ。ラオス料理らしく、カオニオとうもち米もついたセットになっていた。
 カオニオを指でつまみ、ラオス風のディップにちょっとつけて口に放り込む。この瞬間にいつも思う。
「カオニオって、どうしてこんなに楽しいんだろう」
 昔からいつも思っていた。おいしい食事は楽しい、という意味ではない。どこか遊び感覚の食事……そんな気がするのだ。
 以前、家族でバンコクに暮らしていた。僕と妻はタイ語学校に通い、3歳と1歳の娘は近所の幼稚園に入った。ともに土日は休み。土曜日の昼は、いつもカオニオと決まっていた。近くの店で買うガイヤーンとソムタムがおかずだった。どれもイサーンと呼ばれる東北タイの料理だった。バンコクは東北タイ出身の人が多い街だ。ラオス料理にも通じる東北タイ料理は、バンコクでもよく食べられていた。
 娘たちはちゃんと食事をとらせるのが大変な年齢だった。しかしカオニオを娘たちはよく食べた。もち米を丸め、それを2段重ねにして、「雪だるま~」などといいながら口に運ぶ。遊びながらの食事……。カオニオは子供向きの料理でもあった。
 僕もカオニオを食べるときはどこか心が躍る。次はどのたれにつけてみようか……などと考える時間。麵や白いご飯を食べるときとは違う感覚である。
 東北タイの知人を訪ねる。家の食事はだいたいカオニオ。スープや肉料理が並ぶ。それにちょこっとつけて、カオニオを食べる。その姿は、どこか遊んでいるように映る。
 麵や白いご飯は早食いができる。空腹のときはがっつくように食べてしまう。しかしカオニオはそれができない。いくらお腹がすいていても、もち米を丸め、ちょこっと味をつけて食べる。その食べ方はどこか優雅でもあった。遊ぶような食事というのは、そう映るのだ。
 最近のバンコクでは、カオニオをフォークや箸で食べる人が増えている。あの食べ方は邪道だと思う。指先はべとつかないかもしれないが、食事から遊びの要素が消えていってしまう。
 カオニオを丸めて食べる時間のなかに、ラオスやタイの食事の原点がある。いつもそう思う。

■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=カンボジアの旅。ベトナムから陸路国境を越えてカンボジアへ。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。インドネシアの列車旅の連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機  

Posted by 下川裕治 at 16:21Comments(1)

2018年02月19日

唐津の海鮮丼は生すぎる?

 タイから乗った飛行機が福岡に着いた。翌日名古屋に向かわなくてはならない。博多に1泊になったが、ビジネスホテルの料金がやけに高い。空港のバス乗り場で、すぐに出る高速バスの表示を見た。
 唐津──。
 バスで1時間半ほど。訪ねたことがない街だった。唐津に着くと、目の前にビジネスホテルがあった。博多の半分の料金で泊まることができた。
 部屋で原稿を書きはじめる。どんな国や街にいても、締め切りは追いかけてくる。
 8時頃だろうか。夕飯を食べなければ……とホテルを出た。江戸時代を再現したような商店街をぽつぽつ歩いた。しかし灯が点いているのは居酒屋ばかり。まだ原稿を書きあげていない。ビールというわけにもいかない。
『食事処 さかな屋さん』という看板をみつけた。唐津は玄界灘に面した港である。せっかくここまで来た。仕事に追われているが、魚ぐらいは食べたい。
 店に入ると、本当に魚屋だった。どこで食事? 一瞬、立ち止まると、腰が曲がりかけたおばあさんが出てきた。
「奥へどうぞ」
 そこにはテーブルがふたつあった。店の奥の小あがりを食事スペースにしていた。地元の中年おじさんふたりの先客がいた。刺身をつつきながら焼酎を飲んでいる。
 入り口には海鮮丼と書かれていた。おばあさんに訊くと、ご飯ものは海鮮丼しかないという。1500円という値段だったが、せっかくの唐津である。
 出てきた海鮮丼は、ご飯が見えないほど刺身が載っていた。カンパチ、アジ、イカ、ネギトロ……。10種類以上はあるだろうか。やはり港の魚屋である。
 刺身は新鮮だった。イカは硬さも残っている。しかし半分ぐらい食べた頃から、少し箸が鈍りはじめた。みごとな刺身だが、なんだか生すぎるのだ。刺身を食べて、生すぎるというのも妙ないい方だが。
 僕は信州で生まれ育った。子供の頃、日本はまだ流通網がいまほどではなかった。山国に届く刺身は多くない。マグロぐらいしか口にしなかった気がする。
 大学進学を機に東京に出、以来、東京に暮らしている。地方に出ることも多い。そのなかで僕は魚を覚えていったが、いまでも寿司屋は苦手だ。わからない魚がまだ多い。
 そんな人間には、どっさり刺身の海鮮丼は生すぎる。海辺に育った人とは、食の領域が違うのだろう。山菜に反応する舌はもっているが、豪勢な刺身はキャパシティを超えるのだろうか。
 タイ人が同じようなことをいっていた。いまのタイ人には、刺身が好きという人が少なくない。しかしそれは数切れの量の刺身らしい。そんなタイ人が日本に行く。北海道の小樽は人気の街だが、名物の海鮮丼の途中で箸が止まってしまったという。刺身はおいしいが、海鮮丼は生の度合いが多すぎるらしい。
 僕は刺身が好きだ。しかしそのレベルはタイ人並み? 唐津の海鮮丼が教えてくれる。

■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=ベトナムの旅。ホーチミンシティからダラットへ。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。インドネシアの列車旅の連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
  

Posted by 下川裕治 at 12:19Comments(1)

2018年02月12日

東南アジアの列車旅に楽勝はない

 このブログでも、ときどき紹介しているのだが、東南アジアの全鉄道に乗るという旅はまだ続いている。タイとミャンマー編は、既に『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』(双葉文庫)として発売されている。しかし、東南アジアには、まだ多くの鉄道がある。
 マレーシアの鉄道は全路線乗ったと思っていたら、読者の方から、「サバ州にも鉄道がありますよ」という指摘を頂いた。全鉄道制覇という酔狂な旅につきあってくれる読者がいる。……ありがたかった。
 いまビューフォートという街にいる。バンコクに用事があり、その間を縫って、マレーシアのサバ州にやってきた。サバ州はボルネオ島にある。
 タンジュン・アル駅。新しくできた駅がサバ州の鉄道の起点になる。しかし発券窓口で悩んでしまった。タンジュン・アル駅からボーフォート、そしてテノムまで鉄道はのびていた。途中のビューフォートで乗り換えが必要だったが、一気に乗ることができる。「これは楽勝ではないか」と思った。しかしタンジュン・アルの4キロほど手前にセンブランという駅がある。
「タンジュン・アルとセンブランの間は?」
「朝の5時にビューフォートを出る列車に乗るか、夕方5時半にセンブランを出る列車に乗るしか方法はありません」
「いまいるタンジュン・アル駅からは乗れないんですか」
「そうなんです。なぜかわかりませんが」
 一気にスケジュールづくりが難しくなってしまった。朝にタンジュン・アルを発車する列車に乗る。ビューフォートでの接続はすごく悪く、テノムに着くのは午後4時近く。戻る列車はもうなく翌朝になるが、それに乗ると、ビューフォートを朝の5時に出る列車に間に合わない。時刻表を提示しながら説明しないとわかりずらいと思うが、とにかく効率が悪いのだ。そして、明日僕はバンコクに戻らなくてはならない。旧正月に入り、飛行機は混み合い、やっととった予約だった。
 結局、テノムで車をチャーターしてビューフォードに戻るしかなかった。チャーター代は約5000円。列車の本数が少ないためこんなことになる。
 ビューフォードとテノム間の線路はひどかった。ミャンマーの列車の揺れを思い出してしまった。座っていても、どこかにつかまっていないと体が飛び出しそうになるのだ。
「東南アジアの列車旅に楽勝はない」
 改めて痛感してしまった。
 明日の朝、午前4時には起きなくてはならない。列車は5時発……
 やはり、東南アジアの列車旅に楽勝はないということか。

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○クリックディープ旅=ベトナムの旅。ハノイからホーチミンシティへ。
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Posted by 下川裕治 at 16:58Comments(4)

2018年02月05日

ホンコンやきそばにそそられる

 先日、東京のある中国料理店に入った。それほど大きな店ではなかったが、3代続く老舗だという。メニューを開くと、赤い文字で書かれた料理があった。
 香港やきそば──。
 なんでもこの店のベスト3に入る料理なのだという。
 だったら食べてみようか……ということになり、焼売と一緒に頼んでみた。
 なかなかボリューミーな1品だった。柔らかめの麵に多めの野菜が入っている。味付けはオイスターソースだった。
 香港やきそばという名前が気になった。香港で食べたことがなかったからだ。支払いついでに、主人に訊いてみた。
「どうして香港やきそばっていうんです?」
 するとご主人はちょっと困ったような顔をした。
「先代が名づけたようです」
 日本の中華には、その意味で謎の料理がいくつかある。天津丼、麻婆丼、中華丼……どれも中国で食べたことがない。いや、中国には存在していないはずだ。天津甘栗の類なのだろうか。
 やきそばをネットで検索してみた。そこで出てきたのが、上海やきそばや台湾やきそばだった。どれも上海や台湾では目にしたことがない。
 調べると、柔らかめの麵に、豚肉、ニラなどを入れ、オイスターソースで味を調えたものを香港やきそばというらしい。上海やきそばや台湾やきそばとの区別となるとかなり曖昧な世界に入り込む。
 やきそばに香港や上海と名づけることに文句いうつもりはない。気になったのは、なぜ中華の世界に、地名入りメニューが多いのかということだった。
 やはり中国料理の存在感と密度の問題だろうか。
 料理名に中国の地名をつけるのは、売りあげが増えることを願ってのことだ。日本人は中国系の地名がついていると、食欲をそそられるらしい。しかしどこか時代がかった空気がある。いまになると、中国地名メニューに食指は動かない。僕が香港やきそばを食べた店も、文字が赤くなっていなかったらスルーしていた気がする。
 中国料理人気の衰退だろうか。現地に行っても、そんなものはないことがわかってしまったからだろうか。つまりは本物志向?
 中国地名メニューはやがて消えていく気がする。漂うレトロ感と安っぽさは嫌いではないが。調べると、ホンコンやきそばというインスタントの袋麵に出合った。北海道を中心に売られているらしい。これは無性に食べたくなった。チープ感がなんともいえない。通販で買ってみようと思っている。

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Posted by 下川裕治 at 15:35Comments(1)