2019年05月27日
気難しい老人になる?
無口な老人と饒舌な老人がいる。昔から無口な老人にはなりたくない……と思い続けていた。寡黙な老人といえば耳に優しいが、それは気難しい老人と同義語だと思っていたからだ。
2日前の夜、沖縄の那覇にいた。連載の取材があり、一軒の居酒屋に入った。ひとつの料理を撮影し、店の人から少し話を聞いた。それが終わり、ビールを飲んでいると、隣にいた男性が話しかけてきた。ふたり連れだった。出張で山梨と東京から来たという。同じ会社の社員で、ともに30代に映った。
「沖縄っていいですよね」
ひとりがそういった。
「沖縄そばはおいしいし、なんだか皆、気楽に生きている。今日、クライアントを訪ねると、すっかり忘れていて、担当者が慌てて戻ってきた。東京や山梨だったら、すごく怒られますよ。でも、沖縄にはそんな空気がまったくない。こっちに支店があったら移りたいぐらいですよ」
そういわれも、生返事を繰り返すことしかできなかった。なんといっていいのかわからなかったのだ。
昔から、沖縄には足繁く通った。沖縄に関する本も何冊か書いた。だからそこそこ沖縄には詳しい。沖縄の人々の気質もある程度わかっているつもりだ。
隣にいた男性から、「沖縄のゆるさ」のような話を振られたとき、それに答える話はいくらもあった。
そもそもこの店の取材にしても、沖縄らしい料理がメニューから次々に消えていくという内容だった。沖縄の人々の意識が、ここ10年ほどで、急速に本土化してきているというストーリーが流れていた。
隣の男性は、僕が店の人と交わした会話が耳に入っている気がした。それでもなんの臆面もなく、沖縄の印象を語りかけてくる。
ここで僕が口を開けば、沖縄に詳しいことをひけらかすことになる。饒舌な老人なら、そんなこともお構いなく、自分の沖縄を話すことができるのかもしれない。自分が沖縄に詳しいことを隠しながら……。
僕にはそんな話術はなかった。そこで悩んでしまう。結局は無口になるしかなかった。
いまバンコクにいる。バンコクで働く人や観光客の多くは僕より若い。ときに、「どうしてタイ人はあんなにゆっくり料理を食べるんですか」などと聞いてくる。答えようとすると、ずいぶん長い話になることがわかるから、つい生返事で終わらせてしまう。
やはり無口になってしまうのだ。周りからは、気難しい老人といわれている気がする。
老人? 最近、役所からいろんな書類が届く。予防接種、年金……。老人扱いがはじまった予感がある。
あと2週間で65歳になる。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
2日前の夜、沖縄の那覇にいた。連載の取材があり、一軒の居酒屋に入った。ひとつの料理を撮影し、店の人から少し話を聞いた。それが終わり、ビールを飲んでいると、隣にいた男性が話しかけてきた。ふたり連れだった。出張で山梨と東京から来たという。同じ会社の社員で、ともに30代に映った。
「沖縄っていいですよね」
ひとりがそういった。
「沖縄そばはおいしいし、なんだか皆、気楽に生きている。今日、クライアントを訪ねると、すっかり忘れていて、担当者が慌てて戻ってきた。東京や山梨だったら、すごく怒られますよ。でも、沖縄にはそんな空気がまったくない。こっちに支店があったら移りたいぐらいですよ」
そういわれも、生返事を繰り返すことしかできなかった。なんといっていいのかわからなかったのだ。
昔から、沖縄には足繁く通った。沖縄に関する本も何冊か書いた。だからそこそこ沖縄には詳しい。沖縄の人々の気質もある程度わかっているつもりだ。
隣にいた男性から、「沖縄のゆるさ」のような話を振られたとき、それに答える話はいくらもあった。
そもそもこの店の取材にしても、沖縄らしい料理がメニューから次々に消えていくという内容だった。沖縄の人々の意識が、ここ10年ほどで、急速に本土化してきているというストーリーが流れていた。
隣の男性は、僕が店の人と交わした会話が耳に入っている気がした。それでもなんの臆面もなく、沖縄の印象を語りかけてくる。
ここで僕が口を開けば、沖縄に詳しいことをひけらかすことになる。饒舌な老人なら、そんなこともお構いなく、自分の沖縄を話すことができるのかもしれない。自分が沖縄に詳しいことを隠しながら……。
僕にはそんな話術はなかった。そこで悩んでしまう。結局は無口になるしかなかった。
いまバンコクにいる。バンコクで働く人や観光客の多くは僕より若い。ときに、「どうしてタイ人はあんなにゆっくり料理を食べるんですか」などと聞いてくる。答えようとすると、ずいぶん長い話になることがわかるから、つい生返事で終わらせてしまう。
やはり無口になってしまうのだ。周りからは、気難しい老人といわれている気がする。
老人? 最近、役所からいろんな書類が届く。予防接種、年金……。老人扱いがはじまった予感がある。
あと2週間で65歳になる。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at
11:53
│Comments(1)
2019年05月20日
必死に日本に浸る
5月16日の夕方に帰国した。5月24日に沖縄に向かう。その翌日には沖縄からタイに向かう。1週間だけの東京滞在である。
最近、仕事が立て込み、海外に出ることが多い。日本滞在が短くなってきている。
東京ではやらなくてはいけないことが山ほどある。今回は2冊の本。1冊は初校ゲラを返し、もう1冊のゲラを受けとる。ゲラというのは、本になる前の紙に印刷されたもの。そこに、赤字という修正を入れていく。ネットを使ったデータのやりとりがしにくい。編集者との細かい打ち合わせもある。
その間に6月末が締め切りという本の打ち合わせもしなくてはならない。
病院に行く日程も入っている。僕は心房細動という持病を抱えている。不整脈といわれるものだ。治療は難しいが、脈の間隔があいたときに血栓を起こさないように、血液の凝固度をさげなくてはならない。その薬が効いているかという血液検査を1ヵ月に1回の割合で受けなくてはならないのだ。
それに合わせて帰国するようなところもある。
今回は僕が加わっている句会もある。俳句をつくり、皆で評価する。俳句には兼題といわれるものがある。その文字を入れて俳句をつくらなくてはならない。
今回の兼題は若葉……。
僕がしばしば滞在するタイにも若葉の季節はある。先週、温泉に浸りまくっていた台湾は新緑だった。
それを眺めながら、若葉を入れた句をつくろうとはするのだが、これがまったくできない。俳句というのは、日本の自然に縁どられている。極めて日本的なものだと思う。やはり日本にいないと綴れないのだ。
ベランダから近所の住宅の木々を眺めてみる。事務所に行く途中、コンビニで100円のコーヒーを買い、近くの公園のベンチに腰かけて新緑を追う。
帰国して3日。今日、公園で木々を眺めると、その頂が電線の高さを超えた。3日間で木々は、きっと5センチぐらい高くなったのかもしれない。
そこから俳句……。頭のなかを日本にしないと、句が浮かんでこない。
こんなことでは、いい俳句もつくれないと思う。もっと日本の自然を丁寧に観察する月日が必要だと思う。しかしその時間がない。
わずか1週間。その間に、必死に日本に浸ろうとする。しかし、基本的に日本に暮らしている人にはかなわない。
いったいいつ、日本を飽きるぐらい眺める日々がやってくるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、木々は光合成を繰り返し、若葉に覆われていく。その営みは、僕をあざ笑っているようでもある。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■ツイッターを@Shimokawa_Yuji
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
最近、仕事が立て込み、海外に出ることが多い。日本滞在が短くなってきている。
東京ではやらなくてはいけないことが山ほどある。今回は2冊の本。1冊は初校ゲラを返し、もう1冊のゲラを受けとる。ゲラというのは、本になる前の紙に印刷されたもの。そこに、赤字という修正を入れていく。ネットを使ったデータのやりとりがしにくい。編集者との細かい打ち合わせもある。
その間に6月末が締め切りという本の打ち合わせもしなくてはならない。
病院に行く日程も入っている。僕は心房細動という持病を抱えている。不整脈といわれるものだ。治療は難しいが、脈の間隔があいたときに血栓を起こさないように、血液の凝固度をさげなくてはならない。その薬が効いているかという血液検査を1ヵ月に1回の割合で受けなくてはならないのだ。
それに合わせて帰国するようなところもある。
今回は僕が加わっている句会もある。俳句をつくり、皆で評価する。俳句には兼題といわれるものがある。その文字を入れて俳句をつくらなくてはならない。
今回の兼題は若葉……。
僕がしばしば滞在するタイにも若葉の季節はある。先週、温泉に浸りまくっていた台湾は新緑だった。
それを眺めながら、若葉を入れた句をつくろうとはするのだが、これがまったくできない。俳句というのは、日本の自然に縁どられている。極めて日本的なものだと思う。やはり日本にいないと綴れないのだ。
ベランダから近所の住宅の木々を眺めてみる。事務所に行く途中、コンビニで100円のコーヒーを買い、近くの公園のベンチに腰かけて新緑を追う。
帰国して3日。今日、公園で木々を眺めると、その頂が電線の高さを超えた。3日間で木々は、きっと5センチぐらい高くなったのかもしれない。
そこから俳句……。頭のなかを日本にしないと、句が浮かんでこない。
こんなことでは、いい俳句もつくれないと思う。もっと日本の自然を丁寧に観察する月日が必要だと思う。しかしその時間がない。
わずか1週間。その間に、必死に日本に浸ろうとする。しかし、基本的に日本に暮らしている人にはかなわない。
いったいいつ、日本を飽きるぐらい眺める日々がやってくるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、木々は光合成を繰り返し、若葉に覆われていく。その営みは、僕をあざ笑っているようでもある。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■ツイッターを@Shimokawa_Yuji
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at
19:43
│Comments(0)
2019年05月13日
河原の温泉を浸かり歩く
台湾の超のつくような秘湯を探しだし、そこに浸かるという旅を続けている。台湾の温泉の奥深さを教えられる旅でもある。
温泉街の奥に共同浴場があると聞いて訪ねた。そこは谷のどん詰まり。先には道がないところに、「警光山荘」と書かれた建物があった。日本時代に建てられた警察官用温泉。その後、台湾の警察官が利用する温泉になったが、いまは一般開放。知名度は低く、地元の人たちだけが入浴する共同温泉になっていた。台中から山の方向に進んでみた。地震で突然、温泉が湧出するようになったことで出現した温泉施設に出合った。
しかし超秘境温泉の入口。アウトドアブームも手伝い、河原温泉の世界が待っていた。
河原温泉というのは台湾語で野渓温泉。つまり河原を掘っただけの温泉だ。水量が増すと水没してしまうこともある。
梵梵野渓温泉は、英土社という村から、河原を10分ほど歩くと現れた。ちょうど崖がえぐられたような地形で、そこに直径10メートルほどの池……手を入れてみるとほどよい湯加減だった。
河原で水着に着替え、入ってみた。いい温泉だった。底から温泉が湧き出、川の水が適度に流れ込んでいる。村の人たちが管理しているという。
次いで向かったのはガラホ野渓温泉。ガラホ村から、山道を谷底に向かって40分もくだった。額を流れる汗をぬぐった先に見えたのは立派な滝だった。
かなりの水量の川を膝ぐらいまで浸かって渡り、滝つぼに手を入れると、みごとな温泉だった。大きな滝から流れ落ちるのはぬるい湯、熱い湯は脇から流れ込み、滝つぼが自然の温泉になっていたのだ。
そんな野渓温泉は、近くの村で訊くと教えてくれる。降りる道が危険で浸かることができない温泉や、川の水量が増して水没してしまったところもあったが。
温泉の名前からもわかるように、これらの温泉があるのは、ほとんど先住民が暮らすエリアだった。どこも行きづらい。漢民族が多い街から、くねくね道を延々とのぼっていかなくてはならない。台湾の先住民の多くは、深い山のなかに暮らしている。そしてそこを流れる川の河原に、野渓温泉は出現する。
こういう温泉を訪ねていると、台湾という島は先住民族の方が多いのでは……と思えてくる。しかし台湾の先住民は、2014年の調査では54万人ほどで、台湾の人口の2.3パーセントしかいない。先住民族のなかでも、山地に暮らす人たちは約半数といわれるから、1パーセント強ということになる。
しかし僕は毎日、先住民族のエリアの温泉に入り、彼らが経営する民宿に泊まって旅を続けた。こういう旅も台湾にはある。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
温泉街の奥に共同浴場があると聞いて訪ねた。そこは谷のどん詰まり。先には道がないところに、「警光山荘」と書かれた建物があった。日本時代に建てられた警察官用温泉。その後、台湾の警察官が利用する温泉になったが、いまは一般開放。知名度は低く、地元の人たちだけが入浴する共同温泉になっていた。台中から山の方向に進んでみた。地震で突然、温泉が湧出するようになったことで出現した温泉施設に出合った。
しかし超秘境温泉の入口。アウトドアブームも手伝い、河原温泉の世界が待っていた。
河原温泉というのは台湾語で野渓温泉。つまり河原を掘っただけの温泉だ。水量が増すと水没してしまうこともある。
梵梵野渓温泉は、英土社という村から、河原を10分ほど歩くと現れた。ちょうど崖がえぐられたような地形で、そこに直径10メートルほどの池……手を入れてみるとほどよい湯加減だった。
河原で水着に着替え、入ってみた。いい温泉だった。底から温泉が湧き出、川の水が適度に流れ込んでいる。村の人たちが管理しているという。
次いで向かったのはガラホ野渓温泉。ガラホ村から、山道を谷底に向かって40分もくだった。額を流れる汗をぬぐった先に見えたのは立派な滝だった。
かなりの水量の川を膝ぐらいまで浸かって渡り、滝つぼに手を入れると、みごとな温泉だった。大きな滝から流れ落ちるのはぬるい湯、熱い湯は脇から流れ込み、滝つぼが自然の温泉になっていたのだ。
そんな野渓温泉は、近くの村で訊くと教えてくれる。降りる道が危険で浸かることができない温泉や、川の水量が増して水没してしまったところもあったが。
温泉の名前からもわかるように、これらの温泉があるのは、ほとんど先住民が暮らすエリアだった。どこも行きづらい。漢民族が多い街から、くねくね道を延々とのぼっていかなくてはならない。台湾の先住民の多くは、深い山のなかに暮らしている。そしてそこを流れる川の河原に、野渓温泉は出現する。
こういう温泉を訪ねていると、台湾という島は先住民族の方が多いのでは……と思えてくる。しかし台湾の先住民は、2014年の調査では54万人ほどで、台湾の人口の2.3パーセントしかいない。先住民族のなかでも、山地に暮らす人たちは約半数といわれるから、1パーセント強ということになる。
しかし僕は毎日、先住民族のエリアの温泉に入り、彼らが経営する民宿に泊まって旅を続けた。こういう旅も台湾にはある。
■バグラデシュの小学校を修復するクラウドファンディングをはじめています。詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at
11:52
│Comments(0)
2019年05月08日
つながりはお金だけじゃない
昨日(5月7日)から、準備を進めていたクラウドファンディングがはじまった。僕は30年近く前から、バングラデシュで小学校の運営にかかわっている。その校舎の老朽化が進み、その修繕費用をクラウドファンディングという方法で集めることになったのだ。
今年の2月、バングラデシュのコックスバザールを訪ねた。僕らが運営する小学校は、この街の仏教寺院の敷地内にある。
コックスバザールを訪ねる目的は、この学校運営にかかわることが多い。いつも校長室に先生たちが集まり、小学校の今後を話し合う。耳に痛い言葉に毎回、晒されることになる。学校運営はどうしても資金問題に収れんしてしまうからだ。
小学校の開設は、友人のフリージャーナリストの死だった。ミャンマーとの国境に入り込んだ彼は、そこで熱帯熱マラリアに罹ってしまう。彼の死後、知人たちが集まり学校運営がはじまった。
コックスバザールには、ラカイン族という少数の仏教徒がいる。知人が日本に伝えようとしたのがラカイン族の存在だった。
ラカイン族はバングラデシュでは多数を占めるイスラム教のベンガル人社会のなかで生きていかなくてはならなかった。そこには教育が必要だった。ベンガル人の社会に食い込んでいかなくては、彼らはいつまでも貧しいままだった。
そこで小学校だったのだが、その運営はなかなか大変だった。日本の経済は停滞期に入り、寄付を募ることが苦しくなってきた。学校が30年も続くと、支援メンバーの高齢化も進む。支援側の体力の低下に追い打ちをかけるように、バングラデシュの物価がどんどんあがっていった。
先生たちからはさまざまな要求が挙げられる。副教材の充実や英語学級の新設、そして給料の増額……。学校が開設されてから20年をすぎた頃から、苦しい状態が続いていた。それでも9人の先生たちは、学校を辞めずに働いてくれた。
コックスバザールに行くたびに、実現できない要求が肩に重くなっていく。学校に行く足どりが重くなる。
そこに、校舎の老朽化問題がもちあがった。「もう、無理かもしれない」。そんな思いがあった。
今年の2月、コックスバザールを訪ねたときは、別の仕事があり、カメラマンが同行していた。彼からクラウドファンディングを教えられた。ネットというツールを使えば、新たな協力者が出てきてくれるのだろうか。
学校の先生を前に、その話をした。先生のひとりからこういわれた。
「頑張ってください。でも、うまくいかなくても、ときどき日本人を連れてやってきてください。私たちのつながりはお金だけじゃないんですから」
こみあげるものがあった。援助とはそういうことなのかもしれない……と。クラウドファンディングの詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
今週号のクリックディープ旅でも学校を紹介している。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
今年の2月、バングラデシュのコックスバザールを訪ねた。僕らが運営する小学校は、この街の仏教寺院の敷地内にある。
コックスバザールを訪ねる目的は、この学校運営にかかわることが多い。いつも校長室に先生たちが集まり、小学校の今後を話し合う。耳に痛い言葉に毎回、晒されることになる。学校運営はどうしても資金問題に収れんしてしまうからだ。
小学校の開設は、友人のフリージャーナリストの死だった。ミャンマーとの国境に入り込んだ彼は、そこで熱帯熱マラリアに罹ってしまう。彼の死後、知人たちが集まり学校運営がはじまった。
コックスバザールには、ラカイン族という少数の仏教徒がいる。知人が日本に伝えようとしたのがラカイン族の存在だった。
ラカイン族はバングラデシュでは多数を占めるイスラム教のベンガル人社会のなかで生きていかなくてはならなかった。そこには教育が必要だった。ベンガル人の社会に食い込んでいかなくては、彼らはいつまでも貧しいままだった。
そこで小学校だったのだが、その運営はなかなか大変だった。日本の経済は停滞期に入り、寄付を募ることが苦しくなってきた。学校が30年も続くと、支援メンバーの高齢化も進む。支援側の体力の低下に追い打ちをかけるように、バングラデシュの物価がどんどんあがっていった。
先生たちからはさまざまな要求が挙げられる。副教材の充実や英語学級の新設、そして給料の増額……。学校が開設されてから20年をすぎた頃から、苦しい状態が続いていた。それでも9人の先生たちは、学校を辞めずに働いてくれた。
コックスバザールに行くたびに、実現できない要求が肩に重くなっていく。学校に行く足どりが重くなる。
そこに、校舎の老朽化問題がもちあがった。「もう、無理かもしれない」。そんな思いがあった。
今年の2月、コックスバザールを訪ねたときは、別の仕事があり、カメラマンが同行していた。彼からクラウドファンディングを教えられた。ネットというツールを使えば、新たな協力者が出てきてくれるのだろうか。
学校の先生を前に、その話をした。先生のひとりからこういわれた。
「頑張ってください。でも、うまくいかなくても、ときどき日本人を連れてやってきてください。私たちのつながりはお金だけじゃないんですから」
こみあげるものがあった。援助とはそういうことなのかもしれない……と。クラウドファンディングの詳細は以下から
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/
今週号のクリックディープ旅でも学校を紹介している。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズが連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at
11:22
│Comments(0)