2021年01月25日
午後は仕事をしない
緊急事態宣言の東京も、春の気配が感じられるようになった。寒い信州で育ったから、春のにおいや色には敏感である。南向きの田の畔にオオイヌノフグリという青い小さな花をみつけると、縮こまった背中がのびる思いがしたものだった。「春は名のみの風の寒さや」の時期である。
事務所に向かう途中、中野駅近くの南側斜面で、オオイヌノフグリを探した。みつからなかったが、代わりにタンポポがひとつ、黄色い花をつけていた。東京の春は信州より早い。そういえば梅も咲きはじめている。
日本の花見といえば桜が定着したが、かつては梅だった。奈良時代、梅を観ながら歌を詠んだことが花見の原型だ。酒も飲んだだろう。当時の気候がいまの日本と大きく違わないから、花見はおそらく昼だったはずだ。夜は寒く、花見どころではない。
知人から昼酒を誘われた。緊急事態宣言で飲食店は夜の8時まで。ゆっくり酒も飲めないから……と知人はいった。
小石川後楽園の庭園のなかに、江戸時代の飲み屋を再現した建物がある。その前にこう書かれている。
「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」
江戸時代は昼酒派が多かったらしい。いや世界の多くの国で昼酒があたり前だった気がする。
スペインのある街で昼食に誘われた。旅行会社を経営するスペイン人だった。昼食ではしっかりとワインを飲み、食後のコーヒーが出てきた。エスプレッソとブランデー。コーヒーはブランデーのチェイサーのようにして飲むのだという。こういう飲み方をはじめて知った。
コーヒーとブランデーの相性は驚くほどよかった。
しかし酔った。
知人はその足で自宅に帰った。シェスタである。僕は宿に戻った。アルコールの酔いも手伝い、すっかり寝てしまった。スペイン人は夕方、また出社するのだが、それは信じられないことだった。どこからそんな気力が湧いてくるのだろう。もし僕がその環境に置かれ、出社しなくてはならないなら、昼酒は飲まない。
翌朝、彼と会った。ピシッと髪を整え、仕事をこなしている。そのとき、ふと思った。
「彼がちゃんと仕事をするのは昼までではないだろうか」
江戸時代の日本人は、かなりのんびり仕事をしていた。当時の暮らしを描いた本を読むと、そのあたりがわかる。「昼九分……」。それは昼以降、仕事をしない環境から生まれた言葉かもしれない。いつからか、人々は多くの仕事を背負い、それをこなす勤勉さを強要されていった。
閑話休題。緊急事態宣言下の昼酒である。楽しかったが、その後がつらかった。仕事に戻ったが、エネルギーが湧いてこない。以前からそうだった。だから昼酒は苦手だった。今回、やっと気づいた。午後、仕事をしようとするから、昼酒はつらいのだ。
新型コロナウイルスは、そんな勤勉さをたしなめている? そんなわけはないか。
■YouTubeチャンネルをつくりました。「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg?view_as=public
観てみてください。面白そうだったらチャンネル登録を。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=芭蕉の「奥の細道」を辿る旅を連載中。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=沖縄の離島のバス旅シリーズを連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
事務所に向かう途中、中野駅近くの南側斜面で、オオイヌノフグリを探した。みつからなかったが、代わりにタンポポがひとつ、黄色い花をつけていた。東京の春は信州より早い。そういえば梅も咲きはじめている。
日本の花見といえば桜が定着したが、かつては梅だった。奈良時代、梅を観ながら歌を詠んだことが花見の原型だ。酒も飲んだだろう。当時の気候がいまの日本と大きく違わないから、花見はおそらく昼だったはずだ。夜は寒く、花見どころではない。
知人から昼酒を誘われた。緊急事態宣言で飲食店は夜の8時まで。ゆっくり酒も飲めないから……と知人はいった。
小石川後楽園の庭園のなかに、江戸時代の飲み屋を再現した建物がある。その前にこう書かれている。
「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」
江戸時代は昼酒派が多かったらしい。いや世界の多くの国で昼酒があたり前だった気がする。
スペインのある街で昼食に誘われた。旅行会社を経営するスペイン人だった。昼食ではしっかりとワインを飲み、食後のコーヒーが出てきた。エスプレッソとブランデー。コーヒーはブランデーのチェイサーのようにして飲むのだという。こういう飲み方をはじめて知った。
コーヒーとブランデーの相性は驚くほどよかった。
しかし酔った。
知人はその足で自宅に帰った。シェスタである。僕は宿に戻った。アルコールの酔いも手伝い、すっかり寝てしまった。スペイン人は夕方、また出社するのだが、それは信じられないことだった。どこからそんな気力が湧いてくるのだろう。もし僕がその環境に置かれ、出社しなくてはならないなら、昼酒は飲まない。
翌朝、彼と会った。ピシッと髪を整え、仕事をこなしている。そのとき、ふと思った。
「彼がちゃんと仕事をするのは昼までではないだろうか」
江戸時代の日本人は、かなりのんびり仕事をしていた。当時の暮らしを描いた本を読むと、そのあたりがわかる。「昼九分……」。それは昼以降、仕事をしない環境から生まれた言葉かもしれない。いつからか、人々は多くの仕事を背負い、それをこなす勤勉さを強要されていった。
閑話休題。緊急事態宣言下の昼酒である。楽しかったが、その後がつらかった。仕事に戻ったが、エネルギーが湧いてこない。以前からそうだった。だから昼酒は苦手だった。今回、やっと気づいた。午後、仕事をしようとするから、昼酒はつらいのだ。
新型コロナウイルスは、そんな勤勉さをたしなめている? そんなわけはないか。
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Posted by 下川裕治 at
16:28
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2021年01月18日
痩せてしまったのだけれど……
コロナ禍のなかで痩せた。昨年春の緊急事態宣言あたりから体重が減りはじめ、6キロ減。コロナ太りが話題になっているというのに。
不整脈という持病があるため、2ヵ月に1度の割合で通院している。採血をし、血液の凝固度などを診る。医師は10年来、僕の体をチェックしてくれている。
「海外に出ていないからでしょうかね」
医師が首を傾げる。
「でも、これからも体重が減っていったら、検査対象ですよ。年齢的に癌の心配がありますから」
66歳。この年齢になると、体重が減ったからといって胸を張れるわけではないらしい。
痩せた原因も大方わかっている。食事だろうと思う。コロナ禍で家にいることが多い。我が家は妻と娘という構成だから、どうしても太ることを気にする女性向けのメニューに傾いていってしまう。
体重が減ることはちょっとうれしい。体が軽くなった感覚がわかるからだ。気をよくして、駅での乗り換えを小走りで移動したり、階段を早くあがったり……。そういうことも体重を減らしている一因かもしれない。
しかし体力が落ちてきた気がする。夜、締め切りの原稿を前に、眠気に襲われる。髪の毛がのびるスピードも、なんとなく遅くなったような……。体が発散するエネルギー量が減っている感覚。老化なのか、痩せたからなのかがはっきりしない。
感染症に対して、やや太っている人のほうが強いという疫学的なデータがある。感染症に対する一般的な話なのだが、新型コロナウイルスは例外というわけではないはずだ。
90歳代の人のなかに異常なほどに元気な人がいる。そんな人に肉好きが多いという。週に2回ぐらいはステーキを平らげるという話を聞いたこともある。彼らの体型は、たしかにぽっちゃりと太っている。
昔から、ステーキをペロリと食べるようなタイプではなかった。どちらかといえば、淡白なものが好きだ。豆腐、ミョウガ……僕の好物を知ればわかってくれると思う。エネルギーがみなぎるような雰囲気をもっていないと自分でも思う。
透析などの負担を減らしたい意向があるのだろうが、世界の国々は肥満への警鐘を鳴らしている。しかし年齢にもよるが、痩せることはあまりいいことではないのでは……。そんなことも思ってもいる。そういえば、ダイエット鬱という症状もあるという。痩せていくときに、気分が落ち込んでいくのだ。
緊急事態宣言のなかにある東京は暗い。人々のテンションも高くない。そのなかで、行政側の言葉が虚しく響く。しかし人々の表情は晴れない。もう誰も新型コロナウイルスに打ち勝てるなどとは思っていないのではないか。ポストコロナの未来像も絵空ごとに映ってくる。
これを打開する方法? やはり海外に旅に出ること? コロナ禍の堂々巡りにまた辿り着いてしまう。
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不整脈という持病があるため、2ヵ月に1度の割合で通院している。採血をし、血液の凝固度などを診る。医師は10年来、僕の体をチェックしてくれている。
「海外に出ていないからでしょうかね」
医師が首を傾げる。
「でも、これからも体重が減っていったら、検査対象ですよ。年齢的に癌の心配がありますから」
66歳。この年齢になると、体重が減ったからといって胸を張れるわけではないらしい。
痩せた原因も大方わかっている。食事だろうと思う。コロナ禍で家にいることが多い。我が家は妻と娘という構成だから、どうしても太ることを気にする女性向けのメニューに傾いていってしまう。
体重が減ることはちょっとうれしい。体が軽くなった感覚がわかるからだ。気をよくして、駅での乗り換えを小走りで移動したり、階段を早くあがったり……。そういうことも体重を減らしている一因かもしれない。
しかし体力が落ちてきた気がする。夜、締め切りの原稿を前に、眠気に襲われる。髪の毛がのびるスピードも、なんとなく遅くなったような……。体が発散するエネルギー量が減っている感覚。老化なのか、痩せたからなのかがはっきりしない。
感染症に対して、やや太っている人のほうが強いという疫学的なデータがある。感染症に対する一般的な話なのだが、新型コロナウイルスは例外というわけではないはずだ。
90歳代の人のなかに異常なほどに元気な人がいる。そんな人に肉好きが多いという。週に2回ぐらいはステーキを平らげるという話を聞いたこともある。彼らの体型は、たしかにぽっちゃりと太っている。
昔から、ステーキをペロリと食べるようなタイプではなかった。どちらかといえば、淡白なものが好きだ。豆腐、ミョウガ……僕の好物を知ればわかってくれると思う。エネルギーがみなぎるような雰囲気をもっていないと自分でも思う。
透析などの負担を減らしたい意向があるのだろうが、世界の国々は肥満への警鐘を鳴らしている。しかし年齢にもよるが、痩せることはあまりいいことではないのでは……。そんなことも思ってもいる。そういえば、ダイエット鬱という症状もあるという。痩せていくときに、気分が落ち込んでいくのだ。
緊急事態宣言のなかにある東京は暗い。人々のテンションも高くない。そのなかで、行政側の言葉が虚しく響く。しかし人々の表情は晴れない。もう誰も新型コロナウイルスに打ち勝てるなどとは思っていないのではないか。ポストコロナの未来像も絵空ごとに映ってくる。
これを打開する方法? やはり海外に旅に出ること? コロナ禍の堂々巡りにまた辿り着いてしまう。
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2021年01月11日
緊急事態宣言下の疎外感
新年早々、東京に緊急事態が宣言された。連日、2000人を超える新型コロナウイルスの感染者が発表されている。
金曜日の晩、リモートのトークイベントがあった。終わったのは夜の9時をまわっていた。その日から、緊急事態宣言が発令されていた。駅への道すがら、なにか食事でもと思ったが、店は軒並み閉まっていた。
飲食店、とくにアルコール類を出す店での飲み会で感染が多いようで、その種の飲食店は夜8時までの営業になった。酒を出さない店舗は1月12日から夜8時までの営業なのだが、その種の店もシャッターを降ろした店が多かった。
自宅の最寄り駅は中央線の阿佐ヶ谷駅なのだが、駅周辺の店も多くが閉まっていた。コンビニを頼るしかない。
家路につきながら、とらえどころのない疎外感に包まれていた。それは昨年、1回目の緊急事態宣言のときもそうだった。しかし今回は飲食店にターゲットを絞った規制。以前にもまして鼻白む思いが募る。
多くの店が自主的に店を閉めたことをいっているのではない。世間というものと、自分の存在の乖離が浮きたってしまうのだ。
僕は酒を飲むが、人と一緒に飲むことは好きではない。バーのように、店の人と話すところも好きではない。ただひとりで飲めればいい。
阿佐ヶ谷駅前に深夜まで営業している蕎麦屋がある。こういう店が僕には合っている。なにも話さなくてもいいからだ。講演の後や飲み会の後で寄ることが多い。
だから飲食店が8時に閉まっても、なにかを制限されているという感覚が薄い。家でひとり、酒を飲めばいい。それで満足してしまう。「国民に多くの犠牲を強いる」という政府の言葉もぴんとこない。暗い男だと思われるかもしれないが。
開高健がこんなことをいっていた。
「ひとりで酒を飲むのはやめなさい。それは楽しすぎるから」
その意味がよくわかる。できるだけ人と話そうとするが、やはり苦手なのだ。
感染予防のために飲食店を早く閉めることには賛成する。しかしその予防策の前で、僕は疎外感に包まれる。皆、話しながら酒を飲むことが好きなんだ……と。
大阪で開高健の講演記録がみつかった。そのなかで、彼はこんなことをいっていた。
「小説は無益であるからこそ、貴重である。なにもかもが、有効であり、有益であったならば、この世はもう空中分解してしまう」
その通りだと思う。声高にリモートワークを提唱する発想のなかには、この感覚が抜けている。開高健をして、そういわせるのだから、いったい僕はどうしたらいいのかと、東京の街のなかで立ち尽くしてしまうのだ。
とらえどころのない疎外感の落としどころがみつからない。
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金曜日の晩、リモートのトークイベントがあった。終わったのは夜の9時をまわっていた。その日から、緊急事態宣言が発令されていた。駅への道すがら、なにか食事でもと思ったが、店は軒並み閉まっていた。
飲食店、とくにアルコール類を出す店での飲み会で感染が多いようで、その種の飲食店は夜8時までの営業になった。酒を出さない店舗は1月12日から夜8時までの営業なのだが、その種の店もシャッターを降ろした店が多かった。
自宅の最寄り駅は中央線の阿佐ヶ谷駅なのだが、駅周辺の店も多くが閉まっていた。コンビニを頼るしかない。
家路につきながら、とらえどころのない疎外感に包まれていた。それは昨年、1回目の緊急事態宣言のときもそうだった。しかし今回は飲食店にターゲットを絞った規制。以前にもまして鼻白む思いが募る。
多くの店が自主的に店を閉めたことをいっているのではない。世間というものと、自分の存在の乖離が浮きたってしまうのだ。
僕は酒を飲むが、人と一緒に飲むことは好きではない。バーのように、店の人と話すところも好きではない。ただひとりで飲めればいい。
阿佐ヶ谷駅前に深夜まで営業している蕎麦屋がある。こういう店が僕には合っている。なにも話さなくてもいいからだ。講演の後や飲み会の後で寄ることが多い。
だから飲食店が8時に閉まっても、なにかを制限されているという感覚が薄い。家でひとり、酒を飲めばいい。それで満足してしまう。「国民に多くの犠牲を強いる」という政府の言葉もぴんとこない。暗い男だと思われるかもしれないが。
開高健がこんなことをいっていた。
「ひとりで酒を飲むのはやめなさい。それは楽しすぎるから」
その意味がよくわかる。できるだけ人と話そうとするが、やはり苦手なのだ。
感染予防のために飲食店を早く閉めることには賛成する。しかしその予防策の前で、僕は疎外感に包まれる。皆、話しながら酒を飲むことが好きなんだ……と。
大阪で開高健の講演記録がみつかった。そのなかで、彼はこんなことをいっていた。
「小説は無益であるからこそ、貴重である。なにもかもが、有効であり、有益であったならば、この世はもう空中分解してしまう」
その通りだと思う。声高にリモートワークを提唱する発想のなかには、この感覚が抜けている。開高健をして、そういわせるのだから、いったい僕はどうしたらいいのかと、東京の街のなかで立ち尽くしてしまうのだ。
とらえどころのない疎外感の落としどころがみつからない。
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2021年01月04日
高く心を悟りて俗に帰るべし
昨年の大みそか。高尾山に登った。
このブログで、高尾山に登った話を書くのはもう何回目だろうか。
とくに思い入れがある山ではない。新型コロナウイルスの感染がなければ、違う山に登る。その程度のことだ。
しかし山はいい。なにも考えず、登山道を踏みしめていく。道には落ち葉が積もり、そこにうっすら霜がついている。
快晴だった。途中で振り返ると、東京の街が冬の日射しのなかでくっきりと見える。
やはり悩んでいる。
昨年の3月、タイから帰国して以来、僕のパスポートには、ひとつの出国スタンプも捺されていない。新型コロナウイルスは、海外をフィールドにする旅行作家の足をぴたりと止めてしまった。
もう、海外に出てもいいだろう……そう思っていた。1月には飛行機に乗るつもりだったが、変異種の感染が広まり、日本人は規制なしで入国できたヨーロッパの国々も水際対策に走る可能性が出てきてしまった。
東京の感染者数は一気に1000人を超え、少しは温度があがった空気はまた冷え込みつつある。
登山道に沿った木々の間から射し込む日射しが眩しい。冬の太陽の光である。
東京の冬は好きな季節だ。太陽の高度は低く、冬型の気圧配置のなかで空気は乾燥気味だ。低い位置からのびる日射しは、思いのほか暖かく、そのなかにはまどろむような空間がつくられていく。
穏やかな東京の陽だまりで、やはり旅を考えてしまう。コロナ禍はそう簡単に収まりはしない。今年も何回か、感染者の増減が繰り返され、そのたびに、緊急事態宣言という話がもちあがってくるだろう。そのなかで、海外に出ることが難しい僕は右往左往していく気がする。
そんな1年が薄ぼんやりと見えてくる。
芭蕉の「奥の細道」を辿る旅を続けているから、芭蕉関連の本をよく読む。服部土芳がまとめた「三冊子」という本のなかに、こんな芭蕉の言葉がある。
「高く心を悟りて俗に帰るべし」
旅を描く身として、芭蕉がいっていることが少しはわかる。旅の原稿というものは、重みと軽さの妙で構成されるものだとやっとわかるようになってきた。
しかしコロナ禍のいまは、俗の軽みが減ってきている気がする。意味のない明るさは空まわりし、意味を加えていくと話が重くなってしまうのだ。
コロナ禍の軽み。これを描かなくてはいけないと思うのだが、はたしてそれほどの力が僕にあるのか。
陽だまりのなかで、また悩んでしまう。
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とくに思い入れがある山ではない。新型コロナウイルスの感染がなければ、違う山に登る。その程度のことだ。
しかし山はいい。なにも考えず、登山道を踏みしめていく。道には落ち葉が積もり、そこにうっすら霜がついている。
快晴だった。途中で振り返ると、東京の街が冬の日射しのなかでくっきりと見える。
やはり悩んでいる。
昨年の3月、タイから帰国して以来、僕のパスポートには、ひとつの出国スタンプも捺されていない。新型コロナウイルスは、海外をフィールドにする旅行作家の足をぴたりと止めてしまった。
もう、海外に出てもいいだろう……そう思っていた。1月には飛行機に乗るつもりだったが、変異種の感染が広まり、日本人は規制なしで入国できたヨーロッパの国々も水際対策に走る可能性が出てきてしまった。
東京の感染者数は一気に1000人を超え、少しは温度があがった空気はまた冷え込みつつある。
登山道に沿った木々の間から射し込む日射しが眩しい。冬の太陽の光である。
東京の冬は好きな季節だ。太陽の高度は低く、冬型の気圧配置のなかで空気は乾燥気味だ。低い位置からのびる日射しは、思いのほか暖かく、そのなかにはまどろむような空間がつくられていく。
穏やかな東京の陽だまりで、やはり旅を考えてしまう。コロナ禍はそう簡単に収まりはしない。今年も何回か、感染者の増減が繰り返され、そのたびに、緊急事態宣言という話がもちあがってくるだろう。そのなかで、海外に出ることが難しい僕は右往左往していく気がする。
そんな1年が薄ぼんやりと見えてくる。
芭蕉の「奥の細道」を辿る旅を続けているから、芭蕉関連の本をよく読む。服部土芳がまとめた「三冊子」という本のなかに、こんな芭蕉の言葉がある。
「高く心を悟りて俗に帰るべし」
旅を描く身として、芭蕉がいっていることが少しはわかる。旅の原稿というものは、重みと軽さの妙で構成されるものだとやっとわかるようになってきた。
しかしコロナ禍のいまは、俗の軽みが減ってきている気がする。意味のない明るさは空まわりし、意味を加えていくと話が重くなってしまうのだ。
コロナ禍の軽み。これを描かなくてはいけないと思うのだが、はたしてそれほどの力が僕にあるのか。
陽だまりのなかで、また悩んでしまう。
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Posted by 下川裕治 at
12:55
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2021年01月04日
【イベント告知】下川裕治×三井昌志 オンライントークイベント『旅をするために生まれてきたの?』
オンライントークイベント 下川裕治×三井昌志『旅をするために生まれてきたの?』を開催いたします。
詳細は以下です。
今回は、オンラインでの◆下川裕治×三井昌志トークイベント◆開催のお知らせです。
◆下川裕治×三井昌志トークイベント◆
30年以上バックパッカースタイルで、過酷な旅を続けながら取材をしてきた下川さんと、ありふれた日常の中で特別な瞬間を捉えようと、バイクでインドを8周した三井さん。
旅をするために生まれてきたようなお2人に、旅先での思い出や取材中のハプニング、コロナ禍で考えたこと……などなど様々に熱く語っていただきます。この日にしか聞けない特別な対談の模様を、ぜひご覧ください。
●下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビュー。30年以上バックパッカースタイルの旅を生業とする。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に『一両列車のゆるり旅』(双葉社)、『週末ちょっとディープなベトナム旅』(朝日文庫)、『ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅』(中経の文庫)、『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)など。最新刊は『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
■三井昌志(みつい・まさし)
1974年生まれ。大学卒業後エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10カ月にわたってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。おもな著作に『渋イケメンの国 ~無駄にかっこいい男たち~』(雷鳥社)、『素顔のアジア』(ソフトバンククリエイティブ)、『アジアの瞳―Pure Smiles』(スリーエーネットワーク)など。最新刊は『Colorful Life 幸せな色を探して』(日経ナショナルジオグラフィック )。
オンラインイベント詳細
【開催日時】
2021年1月8日(金) 午後7時~8時30分
【参加費】
無料
【定員】
500名
【応募方法】
■応募締め切り日:2021年1月4日(月)
■当選発表:2021年1月6日(水)予定。応募多数の場合は、応募締め切り後、厳正なる抽選のうえ、当選者を決定いたします。当選者には、メールでイベントのURLをお送りします。
※イベントの模様は後日、「&TRAVEL」に記事として掲載される予定です。
応募条件は以下の通り
1. 当日のイベントに参加可能なこと
2. 朝日IDの登録者(登録は無料です。登録サイトはhttps://id.asahi.com/)であること
3. 「&TRAVEL」のメールマガジンにご登録いただくこと
応募フォームはこちらです。
https://que.digital.asahi.com/question/11003310
※1月4日締め切り
※抽選に際しては、条件に同意のうえ不備なく応募してくださった方を対象といたします。
※応募後の取り消し、およびお問い合わせはお控えください。
※当選の発表はイベントURLの発送をもってかえさせていただきます。
※当選の権利を他人に譲渡することはできません。
【参加方法】
パソコン、スマートフォン、タブレットでご参加いただけます。上記のイベント開始時間前に、インターネットに接続の上、ご案内するURLにアクセスして、ログインしてください。画面の表示に従い、ウェブ会議システム「Zoom」をご利用いただきます(無料のソフトをダウンロードしていただく場合があります)。
詳細は以下です。
今回は、オンラインでの◆下川裕治×三井昌志トークイベント◆開催のお知らせです。
◆下川裕治×三井昌志トークイベント◆
30年以上バックパッカースタイルで、過酷な旅を続けながら取材をしてきた下川さんと、ありふれた日常の中で特別な瞬間を捉えようと、バイクでインドを8周した三井さん。
旅をするために生まれてきたようなお2人に、旅先での思い出や取材中のハプニング、コロナ禍で考えたこと……などなど様々に熱く語っていただきます。この日にしか聞けない特別な対談の模様を、ぜひご覧ください。
●下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビュー。30年以上バックパッカースタイルの旅を生業とする。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に『一両列車のゆるり旅』(双葉社)、『週末ちょっとディープなベトナム旅』(朝日文庫)、『ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅』(中経の文庫)、『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』(朝日文庫)など。最新刊は『台湾の秘湯迷走旅』(双葉文庫)。
■三井昌志(みつい・まさし)
1974年生まれ。大学卒業後エンジニアとして2年働き、退職。2000年12月から10カ月にわたってユーラシア大陸を一周したことをきっかけに、写真家としての道を歩むことに。「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2018年グランプリ」を受賞。おもな著作に『渋イケメンの国 ~無駄にかっこいい男たち~』(雷鳥社)、『素顔のアジア』(ソフトバンククリエイティブ)、『アジアの瞳―Pure Smiles』(スリーエーネットワーク)など。最新刊は『Colorful Life 幸せな色を探して』(日経ナショナルジオグラフィック )。
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2021年1月8日(金) 午後7時~8時30分
【参加費】
無料
【定員】
500名
【応募方法】
■応募締め切り日:2021年1月4日(月)
■当選発表:2021年1月6日(水)予定。応募多数の場合は、応募締め切り後、厳正なる抽選のうえ、当選者を決定いたします。当選者には、メールでイベントのURLをお送りします。
※イベントの模様は後日、「&TRAVEL」に記事として掲載される予定です。
応募条件は以下の通り
1. 当日のイベントに参加可能なこと
2. 朝日IDの登録者(登録は無料です。登録サイトはhttps://id.asahi.com/)であること
3. 「&TRAVEL」のメールマガジンにご登録いただくこと
応募フォームはこちらです。
https://que.digital.asahi.com/question/11003310
※1月4日締め切り
※抽選に際しては、条件に同意のうえ不備なく応募してくださった方を対象といたします。
※応募後の取り消し、およびお問い合わせはお控えください。
※当選の発表はイベントURLの発送をもってかえさせていただきます。
※当選の権利を他人に譲渡することはできません。
【参加方法】
パソコン、スマートフォン、タブレットでご参加いただけます。上記のイベント開始時間前に、インターネットに接続の上、ご案内するURLにアクセスして、ログインしてください。画面の表示に従い、ウェブ会議システム「Zoom」をご利用いただきます(無料のソフトをダウンロードしていただく場合があります)。
Posted by 下川裕治 at
12:50
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