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ナムジャイブログ

2021年03月29日

失意の桜

 東京は再び桜の季節を迎えた。桜は毎年、この時期になると花をつけるが、「再び」というのは、コロナ禍のなかで……という注釈がつく。
 週末の土曜日、東京は穏やかな春の日射しに包まれた。家から近い善福寺川緑地に行ってみた。桜の名所である。
 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、「シートを敷いてのお花見は禁止」という表示がべたべたと貼ってある。歩きながら桜を見あげるしかない。
 去年はどうしていただろう?
 3月末にタイから戻った。そしてしばらくして、日本は緊急事態宣言に進んでいく。
「花見はしただろうか」
 記憶がない。
 それどころではない。昨年の春からの記憶がない。いや、記憶の断片はいくつかあるのだが、それらが混濁している。
「沖縄に取材に出かけた」
 と記憶の糸口を探し、辿っていくと、沖縄の感染が広まり、沖縄行きの飛行機の予約を何回となく入れ替えた時期を思い出す。
 しかしそれが何月のことだったのか。記憶が白濁している。
 年をとったのだろうか……。
 満開の桜を見あげる。どこか茫漠とした1年が埋まらない僕の記憶細胞に比べれば、桜のほうがずっとしっかりしている。気温にしっかり反応して開花するプロセスを守っている。迷いがない。
 この1年の間に、あまりにたくさんのことがあり、記憶が整理されていないということだろうか。しかしこの1年は、これまでの月日を考えれば、あまりに空疎だ。本もあまり書かなかったし、旅に出ることも少ない日々が重なっているだけだ。
 理由ははっきりしている。新型コロナウイルスに振りまわされていただけだったのだ。人間は新型コロナウイルスの感染を収束させる羅針盤をもっていなかった。その場しのぎの対処療法を繰り返してきた。人々は、その日の感染者数に一喜一憂するだけで、「ここまで感染を防いだから、次のステップ」といったプロセスがなかった。その日暮らしのようなものだった。
 だから記憶が朧げになってしまう。
 あまりに中身のない1年がすぎた。現役を引退し、ひっそりと暮らす老後の日々に皆が押し込められたようなものだ。すかすかの日常は紡ぐことが難しい。毎日マスクをかけ、家に帰れば石鹸で手を洗うシーンしか浮かんでこない。
 そんな無力感を嗤うように、今年も桜は花をつけた。そう、人間の愚かさは1本の桜の木から眺めれば、失笑ものなのだろう。
 失意の視線で眺める桜は美しい。
 つまりそういうこと? 
 新型コロナウイルスは、人間を少し大人にしてくれたのかもしれない。




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Posted by 下川裕治 at 18:47Comments(0)

2021年03月29日

【イベント告知】新刊「5万4千円でアジア大横断」発売記念

下川裕治の新刊「5万4千円でアジア大横断」発売を記念して、スライド&トークイベントを開催いたします。

詳細は以下です。


今回は、東京での◆下川裕治さんスライド&トークイベント◆新刊「5万4千円でアジア大横断」発売記念のお知らせです。

◆下川裕治さんトークイベント◆

「5万4千円でアジア大横断」

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新刊『5万4千円でアジア大横断』(朝日文庫)の発売を記念して、旅行作家の下川裕治さんをお招きして、アジア横断のバス旅の最新事情についてスライドを眺めながらたっぷりと語っていただきます。前作『台湾の秘湯迷走旅』では、温泉大国として知られる台湾の中でも、谷底や山奥に隠れるようにある超のつくような秘湯に、水先案内人である台湾在住の温泉通と、日本から同行したカメラマンとともに車で侵入し過酷な温泉旅に挑戦した下川さん。新刊では、東京・日本橋からトルコまで、カメラマンと料理人とともに3人でアジアハイウェイを、「遅い」「狭い」「揺れる」「故障する」の四重苦のバスでひた走る総距離1万7千キロ、27日間のボロボロのアジア横断のバス旅が綴られています。2007年に発売になった作品を元に、今回新たに最新の旅事情をコラムに収録するなど、この14年間でアップデートされたアジア横断のバス旅の情報が、下川さんの取材時の貴重なエピソードを交えながら聞けるはずです。下川ファンの方はもちろん、バス旅が大好きな方やアジア横断の旅に興味のある方はぜひご参加ください!

※トーク終了後、ご希望の方には著作へのサインも行います。

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●下川裕治(しもかわゆうじ)

1954年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。新聞社勤務を経てフリーに。アジアを中心に海外を歩き、『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビュー。以降、おもにアジア、沖縄をフィールドに、バックパッカースタイルでの旅を書き続けている。『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)、『「生き場」を探す日本人』『シニアひとり旅バックパッカーのすすめ アジア編』(ともに平凡社新書)、『ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅』(中経の文庫)など著書多数。   

◆下川裕治さんブログ「たそがれ色のオデッセイ」
http://odyssey.namjai.cc/

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*オンラインでの参加も可能です。
配信での参加をご希望の方はこちらからお申込み下さい。
配信視聴券 1000円(ツイキャスプレミアム配信)
https://twitcasting.tv/nomad_books/shopcart/64000

【開催日時】 
・4月23日(木) 19:30 ~ 
(開場19:00)

【参加費】  
各1000円※当日、会場入口にてお支払い下さい

【会場】 
旅の本屋のまど店内

【申込み方法】 
お電話、ファックス、e-mail、または直接ご来店のうえ、お申し込みください。
TEL&FAX:03-5310-2627
e-mail :info@nomad-books.co.jp
(お名前、ご連絡先電話番号、参加人数を明記してください)
 
※定員になり次第締め切らせていただきます。

【お問い合わせ先】
旅の本屋のまど TEL:03-5310-2627 (定休日:水曜日)
東京都杉並区西荻北3-12-10 司ビル1F

http://www.nomad-books.co.jp

主催:旅の本屋のまど 
協力:朝日新聞出版
  

Posted by 下川裕治 at 15:13Comments(0)

2021年03月29日

【新刊プレゼント】『5万4千円でアジア大横断』

下川裕治の新刊発売に伴う、プレゼントのお知らせ記事の投稿です。

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下川裕治 (著)


『5万4千円でアジア大横断』

朝日文庫
990円(税別)


◎ 本書の内容

東京・日本橋からトルコまで、旅行作家とカメラマンと料理人の3人組がアジアハイウェイをバスでひた走る。やはり「遅い」「狭い」「揺れる」「故障する」の四重苦!? 総距離1万7千キロ、27日間のボロボロバス旅。変化する旅事情をコラムに収録。


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Posted by 下川裕治 at 12:51Comments(0)

2021年03月22日

コロナで失った言葉

 東京の緊急事態宣言が終わった。なんともしっくりしない幕切れである。近々の感染者数は前の週より増えているという。常識で考えれば、終えられるときではない。もっともまた緊急事態宣言が出るかもしれないから、まあ、小休止と考えたほうがいいのか。
 緊急事態宣言は、その期間が長くなれば、当然、だらけてくる。別に感染防止の努力を怠っていないわけではないが、心の緊張はそう長くは維持できない。
 それは世界的な傾向だ。皆が慣れてしまったのだ。行政や政治家の発言には新鮮味がなくなる。このまま続けても、なんの効果もないことがわかっている。では、なにか決定的な予防策はあるのかといえば、なにもないから、ただワクチン接種の順番を待つしかいないことになる。
 新型コロナウイルスの感染が広まってからほぼ1年の間に、日本人は多くの言葉を失った。緊急事態宣言という言葉もそうだ。はじめて聞いたときは、緊張感をもって受け入れたが、いまでは、なにが緊急なのかもわからなくなってしまった。色褪せ、手垢に汚れてしまった。
 不要不急という言葉も輝きを失った。長引く感染拡大のなかで、不要不急はその許容範囲を広くしていった。律義に守ることが虚しく思え、なにかと口実をつけていくうちに、この言葉に反応する人も減っていってしまった。
 行政は刺激的な言葉を選んで注意を喚起しようとするのだが、言葉の力には、所詮、限界がある。長く、頻繁に使えば使うほど、訴求力を失っていく。そのうちに言葉の引き出しも空っぽになってしまった。
 言葉が平準化し、使い古され、錆びついていく……。東日本大震災のあとの、「元気をもらった」と同じような響きを、コロナ禍のなかで感じとっていた。
 しかし観光業界や飲食業界はそうもいっていられない。知り合いのラカイン人がはじめた「寿司令和」が、クラウドファンディングをはじめた。
https://readyfor.jp/projects/sushireiwa
 浅草に店がオープンしたのは3年前。半年ほどがすぎ、常連客もつき、なんとか……というときからはじまったコロナ禍だった。営業時間の短縮のなか、売りあげは大幅に減ったが、地元の人たちやアジア好きが支えていった。味を評価され、値段も手頃だったことに加え、「寿司令和」には、日本の寿司屋にない魅力があった。気楽なのだ。日本の寿司屋にあるような堅苦しさがなかった。やはり彼らはアジア人だった。
 なんとかコロナ禍は乗り切れるかもしれない──と思ったこともあったが、やはり緊急事態宣言の長さはつらい。この先の見通しもつかない。
 緊急事態宣言が終わっても、気分が晴れるわけではない。これから、まだ多くのものを失っていくのだろうか。



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Posted by 下川裕治 at 12:58Comments(1)

2021年03月15日

愛国者という政治用語

 選挙──。独裁色の強い国家や政権にとって、いちばん忌み嫌う存在である。その背後には、自由にものがいえるという民主主義が控えているからだ。この選挙をどう形骸化させていくか。それは独裁政権の命運をかける策動でもある。
 香港が中国に返還されて以来、中国がとってきた政策は、まさにその歴史だった。
 香港が返還された1997年、イギリスと中国の間で、香港基本法がつくられた。香港の憲法である。そのなかで、立法会議員選挙についてこう記されている。
「最終的には全議員が普通選挙によって選出されるという目標に達する」
 普通選挙というのは、すべての成人が投票する形の選挙。つまり日本で行われている選挙である。
 しかしここからが難しい。中国はさまざまな制限を加えようとしてくる。そしてまた調整。香港の選挙は、それだけで1冊の本が書けるといわれるほどややこしいものになっていった。
 中国には、彼らが西方民主と呼ぶ欧米型民主主義との接点を見出そうとする意志があるのかも……。そう映る時期もあった。しかしいまになって思えば、そんな発想はなにもなかった。そう思ったのは、中国共産党が再び「愛国者」という言葉を前面に出してきたからだ。
 中国というより、中国共産党が使う愛国という言葉は、政治的なものだ。たとえば南京にある南京事件の記念館は愛国主義模範基地と呼ばれる。
 2012年、中国各地で反日デモが起きたことがあった。デモ隊は、「愛国無罪」という幟を掲げていた。「愛国のためにデモをしても罪に問われない」という意味だ。同じ年、香港では子供をもつ親たちのデモが行われていた。中国への愛国心を養う「国民教育」という新教科が導入されようとしていた。それに反対するデモだった。
 愛国者……。不気味な言葉だ。今回、中国共産党は、「愛国者でなければ香港の選挙では立候補できない」といい切った。訳せばこうなる。
「中国共産党に忠誠を誓わなければ立候補はできない」
 愛国とは中国を愛することではなく、中国共産党を愛することだ。これでは選挙の意味がなくなる。選挙の形骸化は完成に近づいている。
 ミャンマーから目が離せない。多くの知り合いがいる。メールを使うと拘束される可能性があるため、もっぱら電話での連絡が続いている。
 今回のクーデター、軍は選挙で不正があったからとしている。自分たちにとって不都合な選挙結果が出たときの常套手段である。
 中国とミャンマー。ともに一応、選挙は受け入れてきた。しかし最終的には拒絶することになる。中国は狡猾なロジックで選挙の精神を骨抜きにしていった。ミャンマーの国軍はクーデターという荒業に出た。その発想に大差はないように映る。



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Posted by 下川裕治 at 12:36Comments(0)