2024年11月25日
勝手なひとりクルーズ
いま(11月24日夕方)、新潟港のフェリーターミナルにいる。これから敦賀に向かうフェリーに乗る。
昨夜、小樽からフェリーに乗った。今日の11時頃に新潟港に着いた。予定より2時間近く遅れた。海が荒れたのだ。
冬の日本海である。海は鈍色で、大きくうねり、ときに白波がたつ。低気圧の通過はしかたない。
小樽港を出航すると、船長の案内が流れてきた。
「就航から数時間は3メートルから3・5メートルの波の報告がきております」
「3・5メートルか……」
急いで売店に酔い止め薬を買いに走った。
揺れる船は苦手だ。これまでも何回もひどい目に遭っている。胃液が食道をのぼってくるのか、吐き気なのか、口のなかに酸っぱいにおいが広がる。食べることもできず、ただ横になるしかない。そのトラウマに包まれてしまう。
新聞をみると、よくクルーズの広告が出ている。日本各地に寄港し、韓国の釜山にちょっと寄るようなタイプが多い。
そんな旅は苦手だ。なぜなのかは知らないが、クルーズには、シニアの夫婦旅のイメージがついている。きらきらとした船内、豪華な食事、デッキチェアーに座る仲のよさそうな夫婦の姿……。別に僕は夫婦仲が悪いわけではないが、そんなクルーズはしっくりこない。どういう顔をして船内レストランのテーブルに座るのだろう、などと考えてしまう。
若い頃から勝手な旅をしすぎたのかもしれない。クルーズというのはツアーとの相性がいいのもいけないのだろうか。どこか旅に自由さがない。
自分勝手なクルーズ──。そこで考えたのがこの旅だった。クルーズ船というより、トラックの運転手や交通費を浮かせたい人たちが乗る生活の足のようなフェリーに乗って旅をしてみようと思った。
豪華な夕食などいらない。好きなものを買って、ビールを飲みながら、ぼんやり海を眺めながら旅をしようと思った。
小樽から敦賀までの航路は、北前船のルートである。江戸時代というより明治時代に入ってから最盛期を迎えた。北海道からニシンを運び、関西から東北や北海道に生活物資を輸送する。酒田、新潟などの街が一気に活気を帯びていった。太平洋より日本海の方がはるかに航行が楽だったからだという。その後の陸上交通の発達で、一気に勢いを失ってしまったが。
小樽、新潟、敦賀……寄港する街では北前船の名残を訪ねてみようかとも思った。
小樽の駅横の三角市場で、「焼貝ひも」というつまみを買った。そしてサッポロビール。船旅はそんなスタートを切るはずだったのだが……。
だが、揺れるのである。低気圧が通過し、波は3・5メートルにもなる。「通路を歩くときは気をつけるように」という船内放送がしつこいぐらいに流れる。
小樽港を出航し、ビールの栓を切る。しかし穏やかに飲めたのは最初の5分だった。船体は左右に傾きはじめ、手すりにつかまらないと歩くのも大変になる。一気にかつて苦しんだ船酔い旅が蘇ってくる。急いでビールを飲み、ベッドに横になった。もう耐えるしかないと目を閉じる。
夜中の1時頃、目が覚めた。不思議なもので、荒れた海の船旅は、揺れがおさまると目が覚める。窓から海を眺めると月明かりが見える。低気圧を抜けたようだった。もう半日早く低気圧が移動してくれたら、優雅な船旅になっていた。勝手なひとりクルーズは、なかなかうまくいかない。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
昨夜、小樽からフェリーに乗った。今日の11時頃に新潟港に着いた。予定より2時間近く遅れた。海が荒れたのだ。
冬の日本海である。海は鈍色で、大きくうねり、ときに白波がたつ。低気圧の通過はしかたない。
小樽港を出航すると、船長の案内が流れてきた。
「就航から数時間は3メートルから3・5メートルの波の報告がきております」
「3・5メートルか……」
急いで売店に酔い止め薬を買いに走った。
揺れる船は苦手だ。これまでも何回もひどい目に遭っている。胃液が食道をのぼってくるのか、吐き気なのか、口のなかに酸っぱいにおいが広がる。食べることもできず、ただ横になるしかない。そのトラウマに包まれてしまう。
新聞をみると、よくクルーズの広告が出ている。日本各地に寄港し、韓国の釜山にちょっと寄るようなタイプが多い。
そんな旅は苦手だ。なぜなのかは知らないが、クルーズには、シニアの夫婦旅のイメージがついている。きらきらとした船内、豪華な食事、デッキチェアーに座る仲のよさそうな夫婦の姿……。別に僕は夫婦仲が悪いわけではないが、そんなクルーズはしっくりこない。どういう顔をして船内レストランのテーブルに座るのだろう、などと考えてしまう。
若い頃から勝手な旅をしすぎたのかもしれない。クルーズというのはツアーとの相性がいいのもいけないのだろうか。どこか旅に自由さがない。
自分勝手なクルーズ──。そこで考えたのがこの旅だった。クルーズ船というより、トラックの運転手や交通費を浮かせたい人たちが乗る生活の足のようなフェリーに乗って旅をしてみようと思った。
豪華な夕食などいらない。好きなものを買って、ビールを飲みながら、ぼんやり海を眺めながら旅をしようと思った。
小樽から敦賀までの航路は、北前船のルートである。江戸時代というより明治時代に入ってから最盛期を迎えた。北海道からニシンを運び、関西から東北や北海道に生活物資を輸送する。酒田、新潟などの街が一気に活気を帯びていった。太平洋より日本海の方がはるかに航行が楽だったからだという。その後の陸上交通の発達で、一気に勢いを失ってしまったが。
小樽、新潟、敦賀……寄港する街では北前船の名残を訪ねてみようかとも思った。
小樽の駅横の三角市場で、「焼貝ひも」というつまみを買った。そしてサッポロビール。船旅はそんなスタートを切るはずだったのだが……。
だが、揺れるのである。低気圧が通過し、波は3・5メートルにもなる。「通路を歩くときは気をつけるように」という船内放送がしつこいぐらいに流れる。
小樽港を出航し、ビールの栓を切る。しかし穏やかに飲めたのは最初の5分だった。船体は左右に傾きはじめ、手すりにつかまらないと歩くのも大変になる。一気にかつて苦しんだ船酔い旅が蘇ってくる。急いでビールを飲み、ベッドに横になった。もう耐えるしかないと目を閉じる。
夜中の1時頃、目が覚めた。不思議なもので、荒れた海の船旅は、揺れがおさまると目が覚める。窓から海を眺めると月明かりが見える。低気圧を抜けたようだった。もう半日早く低気圧が移動してくれたら、優雅な船旅になっていた。勝手なひとりクルーズは、なかなかうまくいかない。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
Posted by 下川裕治 at
12:28
│Comments(2)
2024年11月18日
食が満たされた時代の免罪符
2021年に発表されたひとつの研究結果が徐々に認知されはじめている。人間の基礎代謝は、20歳台半から60歳台まで変わらないというものだ。
今年の1月にはじめて耳にしたとき、また不確かなダイエット理論の話かと思ったが、調べてみると80人以上の科学者がかかわった本格的な研究だった。
そのとき、タンザニアの北部に広がるサバンナで、いまだ狩猟生活をおくるハヅァ族のデータも見た。彼らは獲物を探し、昼間はいつも歩き、走りまわっている。その行動を現代風にいうと、1日にランニング2時間、ウォーキング数時間といった運動量になるらしい。そんな彼らの基礎代謝と活動代謝を調べると、運動をなにもしない人の代謝と大差はなかった。活動代謝というのは、運動だけでなく、部屋のなかを歩いたり、デスクに座ったり……といった行為で消費されるエネルギーだ。
この結果を考えてみる。ダイエットを目的とした運動はあまり効果がないという結論に辿りついてしまう。
この種の一連の研究が気になったのは、少なからずダイエットの世界に足を踏み込んだ経験があるからだ。僕は旅行作家ということになっているが、はじめて世に出た本は『賢くやせる』というダイエット本である。
賢くやせる──。ポイントは基礎代謝だと僕はその本で書いている。中年になって太るのは、代謝量が落ちても、食事の量が減らないから、その差し引きで余ったカロリーが肥満に結びつくという展開だ。そこから代謝量をあげることが、「賢くやせる」最良の方法だ……という話に結びつく。
当時は専門家も含めて、多くの人がそう信じていた。「やせの大食い」は代謝量が多いからだと。
そういった代謝量の理論をベースにしたビジネスが次々に生まれる。フィットネスジムやスポーツジムはその寵児である。それは日本だけでなく、全世界に共通する。いったいどれほどのダイエットを目的としたジムが世界にはあるのだろうか。そのほとんどが、代謝量をあげることを目的にプログラムを組んでいた。
しかし基礎代謝は60歳台まであがらず、運動をしても代謝量に大きな影響を与えないという研究結果……ダイエットビジネスの理論が足許から崩してしまう。
業界は代謝に代わるダイエット理論を必死に探しているのかもしれないが、新理論は簡単にみつかるわけではない。
この研究結果を眺めると、人間の体というものは実によくできているということを改めて思い知らされる。年齢や運動を考慮しながら、代謝量を一定に保つ仕組みになっているのだ。おそらく代謝量が激しく変わるとさまざまな弊害が体に起きてしまうのではないかと思う。この適応力が人類を繁栄させたのかもしれない。
科学的根拠のないまま、感覚的な経験則で人はダイエット理論に走ったということだろうか。
たとえば運動をして汗をかくとさっぱりする。体が軽くなったような気になる。ダイエット効果がありそうな気になる。トレーナーは、体の代謝とは紐づいていない単純なエネルギー消費量を伝えて、やせた気にさせる。
人類はその頭脳を使い、カロリーが高く、おいしい食事を安定的に手に入れる世界をつくりだした。しかし代謝量が変わらないから当然、太る。それを抑える王道はカロリーを減らすことだが、食欲の前ではつらい。そこで運動を引っ張り出す。たくさん食べても、運動をすれば大丈夫という架空の論理は、食が満たされた時代の免罪符に映り、人々はそれに飛びつき、ダイエットビジネスは肥大化する。これがからくりのようにも思うのだ。やせるにはやはり食べ物しかないということか。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
今年の1月にはじめて耳にしたとき、また不確かなダイエット理論の話かと思ったが、調べてみると80人以上の科学者がかかわった本格的な研究だった。
そのとき、タンザニアの北部に広がるサバンナで、いまだ狩猟生活をおくるハヅァ族のデータも見た。彼らは獲物を探し、昼間はいつも歩き、走りまわっている。その行動を現代風にいうと、1日にランニング2時間、ウォーキング数時間といった運動量になるらしい。そんな彼らの基礎代謝と活動代謝を調べると、運動をなにもしない人の代謝と大差はなかった。活動代謝というのは、運動だけでなく、部屋のなかを歩いたり、デスクに座ったり……といった行為で消費されるエネルギーだ。
この結果を考えてみる。ダイエットを目的とした運動はあまり効果がないという結論に辿りついてしまう。
この種の一連の研究が気になったのは、少なからずダイエットの世界に足を踏み込んだ経験があるからだ。僕は旅行作家ということになっているが、はじめて世に出た本は『賢くやせる』というダイエット本である。
賢くやせる──。ポイントは基礎代謝だと僕はその本で書いている。中年になって太るのは、代謝量が落ちても、食事の量が減らないから、その差し引きで余ったカロリーが肥満に結びつくという展開だ。そこから代謝量をあげることが、「賢くやせる」最良の方法だ……という話に結びつく。
当時は専門家も含めて、多くの人がそう信じていた。「やせの大食い」は代謝量が多いからだと。
そういった代謝量の理論をベースにしたビジネスが次々に生まれる。フィットネスジムやスポーツジムはその寵児である。それは日本だけでなく、全世界に共通する。いったいどれほどのダイエットを目的としたジムが世界にはあるのだろうか。そのほとんどが、代謝量をあげることを目的にプログラムを組んでいた。
しかし基礎代謝は60歳台まであがらず、運動をしても代謝量に大きな影響を与えないという研究結果……ダイエットビジネスの理論が足許から崩してしまう。
業界は代謝に代わるダイエット理論を必死に探しているのかもしれないが、新理論は簡単にみつかるわけではない。
この研究結果を眺めると、人間の体というものは実によくできているということを改めて思い知らされる。年齢や運動を考慮しながら、代謝量を一定に保つ仕組みになっているのだ。おそらく代謝量が激しく変わるとさまざまな弊害が体に起きてしまうのではないかと思う。この適応力が人類を繁栄させたのかもしれない。
科学的根拠のないまま、感覚的な経験則で人はダイエット理論に走ったということだろうか。
たとえば運動をして汗をかくとさっぱりする。体が軽くなったような気になる。ダイエット効果がありそうな気になる。トレーナーは、体の代謝とは紐づいていない単純なエネルギー消費量を伝えて、やせた気にさせる。
人類はその頭脳を使い、カロリーが高く、おいしい食事を安定的に手に入れる世界をつくりだした。しかし代謝量が変わらないから当然、太る。それを抑える王道はカロリーを減らすことだが、食欲の前ではつらい。そこで運動を引っ張り出す。たくさん食べても、運動をすれば大丈夫という架空の論理は、食が満たされた時代の免罪符に映り、人々はそれに飛びつき、ダイエットビジネスは肥大化する。これがからくりのようにも思うのだ。やせるにはやはり食べ物しかないということか。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
Posted by 下川裕治 at
10:57
│Comments(0)
2024年11月11日
バンコクの道端魔術
いつも使っている鞄が壊れてしまった。ファスナーを閉めても、うまくかみ合っていないのか、口が開いてきてしまう。
このトラブルははじめてではない。この鞄は横にもサイドポケットがあり、そのファスナーが同じような状態になってしまった。そのときは、中野駅近くにあった修理屋にもち込んだ。修理に数日かかり、6000円もかかった。
今回の場所はメインのファスナー。修復には時間も費用もかかるだろうと覚悟した。
いまバンコクにいる。発売になった『歩くバンコク2025』のナナのページに、「なんでも修理おじさん」が紹介されていることを思い出した。道端に店を出している。靴の修理が本業のようだが、鞄なども直してくれるようだった。
以前、こういった修理おじさんは日本にもいた。最近はすっかり見かけない。バンコクも同様だ。ナナのページで紹介されている修理おじさんは生き残りのような貴重な存在だった。
バンコクに住んでいたとき、こんな修理おじさんの世話になったことがある。靴の修理だった。1日で直るといわれた。翌日、おじさんが座っていた場所にいったが、彼の姿がない。店を構えてるわけではないからどうすることもできなかった。当時は携帯電話もない時代だった。靴はその一足しかもっていなかった。毎日、サンダルをつっかけて通った記憶がある。三日後におじさんが現れ、直った靴を手にしたが。
ダメ元のつもりでナナの修理おじさんのところに鞄をもち込んでみた。おじさんは顔色ひとつ変えずにこういった。
「ゴミをとって、金属部分を修理すれば直るよ。ロウも塗っておく」
「ロウ?」
「それでちゃんと閉まるようになる」
おじさんは鞄を受けとると、ブラシでファスナーの溝などに詰まっていた小さなゴミをとり除き、小型ペンチで金属部分をなにやらいじっていた。そして、「これでよし」といった面もちで、ファスナー部分に黄色いロウソクをあて、丁寧に塗りこんでいった。以前に直したサイドポケットのファスナーにもロウを塗りこんでくれた。
「はい」
鞄が返ってきた。10分ほどしかかからなかった。ファスナーを開け閉めしてみる。
「ほお……」
完全に直っていた。
あとで調べると、ファスナーを修理するとき、ロウを塗りこむことがネットでも紹介されていた。なんでも修理おしさんは、そういうことも知っていたのだ。
料金は40バーツだった。日本円にすると180円ぐらいか。日本で修理に出していたら1万円ぐらいかかっていたのかもしれない。すごく得をした気分だった。
だがファスナーはかなり弱っていて、また閉まらなくなってしまうかもしれない。本格的に直すなら、とり替えることになる気がするが、とりあえずは直ってしまった。バンコクの魔術でもある。
バンコクは変わった。ナナの界隈にも、高いビルが次々に建っていく。しかし道端の歩道脇には、こんな修理おじさんが店を出してくれている。
ちょっと気分が軽くなった。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
このトラブルははじめてではない。この鞄は横にもサイドポケットがあり、そのファスナーが同じような状態になってしまった。そのときは、中野駅近くにあった修理屋にもち込んだ。修理に数日かかり、6000円もかかった。
今回の場所はメインのファスナー。修復には時間も費用もかかるだろうと覚悟した。
いまバンコクにいる。発売になった『歩くバンコク2025』のナナのページに、「なんでも修理おじさん」が紹介されていることを思い出した。道端に店を出している。靴の修理が本業のようだが、鞄なども直してくれるようだった。
以前、こういった修理おじさんは日本にもいた。最近はすっかり見かけない。バンコクも同様だ。ナナのページで紹介されている修理おじさんは生き残りのような貴重な存在だった。
バンコクに住んでいたとき、こんな修理おじさんの世話になったことがある。靴の修理だった。1日で直るといわれた。翌日、おじさんが座っていた場所にいったが、彼の姿がない。店を構えてるわけではないからどうすることもできなかった。当時は携帯電話もない時代だった。靴はその一足しかもっていなかった。毎日、サンダルをつっかけて通った記憶がある。三日後におじさんが現れ、直った靴を手にしたが。
ダメ元のつもりでナナの修理おじさんのところに鞄をもち込んでみた。おじさんは顔色ひとつ変えずにこういった。
「ゴミをとって、金属部分を修理すれば直るよ。ロウも塗っておく」
「ロウ?」
「それでちゃんと閉まるようになる」
おじさんは鞄を受けとると、ブラシでファスナーの溝などに詰まっていた小さなゴミをとり除き、小型ペンチで金属部分をなにやらいじっていた。そして、「これでよし」といった面もちで、ファスナー部分に黄色いロウソクをあて、丁寧に塗りこんでいった。以前に直したサイドポケットのファスナーにもロウを塗りこんでくれた。
「はい」
鞄が返ってきた。10分ほどしかかからなかった。ファスナーを開け閉めしてみる。
「ほお……」
完全に直っていた。
あとで調べると、ファスナーを修理するとき、ロウを塗りこむことがネットでも紹介されていた。なんでも修理おしさんは、そういうことも知っていたのだ。
料金は40バーツだった。日本円にすると180円ぐらいか。日本で修理に出していたら1万円ぐらいかかっていたのかもしれない。すごく得をした気分だった。
だがファスナーはかなり弱っていて、また閉まらなくなってしまうかもしれない。本格的に直すなら、とり替えることになる気がするが、とりあえずは直ってしまった。バンコクの魔術でもある。
バンコクは変わった。ナナの界隈にも、高いビルが次々に建っていく。しかし道端の歩道脇には、こんな修理おじさんが店を出してくれている。
ちょっと気分が軽くなった。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
Posted by 下川裕治 at
12:29
│Comments(0)
2024年11月04日
【新刊プレゼント】歩くバンコク・2025
下川裕治の新刊発売に伴うプレゼントのお知らせです。

下川裕治 (監修)
歩くバンコク・2025
メディアパル刊
◎ 本書の内容
『歩くバンコク』の2025年版が発売された。今号からバンコクからの日帰り観光地として新たにアユタヤとパタヤが加わった。そして100本を超える動画を掲載。QRコードにかざせば、さまざなま動画を見ることができる。
動画の種類は実用編と店舗編。
実用編は空港からタクシー乗り場やバス乗り場までの動画、銀行よりレートがいい両替店への行き方、BTSやMRTの切符の買い方、グラブタクシーの手配画面など。
店舗編は店への道筋、店内の様子、料理……。
すっかりいった気になってしまうガイドブックといううれしいような、困ったような評価をすでにもらっている。
新刊本『歩くバンコク・2025』 を、
抽選で"3名さま"にプレゼントします!
応募は以下の内容をご記入の上、下記のお問合せフォームよりご連絡ください。応募受付期間は2024年11月17日まで。当選発表は発送をもってかえさせていただきます。
お問合せフォーム
http://www.namjai.cc/inquiry.php
今すぐほしい!という方は、下記アマゾンから購入可能です。
アマゾン:
歩くバンコク・2025
【新刊】歩くバンコク2025

下川裕治 (監修)
歩くバンコク・2025
メディアパル刊
◎ 本書の内容
『歩くバンコク』の2025年版が発売された。今号からバンコクからの日帰り観光地として新たにアユタヤとパタヤが加わった。そして100本を超える動画を掲載。QRコードにかざせば、さまざなま動画を見ることができる。
動画の種類は実用編と店舗編。
実用編は空港からタクシー乗り場やバス乗り場までの動画、銀行よりレートがいい両替店への行き方、BTSやMRTの切符の買い方、グラブタクシーの手配画面など。
店舗編は店への道筋、店内の様子、料理……。
すっかりいった気になってしまうガイドブックといううれしいような、困ったような評価をすでにもらっている。
【プレゼント】
新刊本『歩くバンコク・2025』 を、
抽選で"3名さま"にプレゼントします!
特に応募条件はございません。
タイ在住+日本在住の方も対象ですので、どうぞ奮ってご応募ください。
タイ在住+日本在住の方も対象ですので、どうぞ奮ってご応募ください。
応募は以下の内容をご記入の上、下記のお問合せフォームよりご連絡ください。応募受付期間は2024年11月17日まで。当選発表は発送をもってかえさせていただきます。

http://www.namjai.cc/inquiry.php
1.お問合せ用件「その他」を選んでください。
2.「お問い合わせ内容」の部分に以下をご記載ください。
・お名前
・Eメールアドレス
・郵送先住所
・お電話番号
・ご希望の書名
(念のため記載ください)
2.「お問い合わせ内容」の部分に以下をご記載ください。
・お名前
・Eメールアドレス
・郵送先住所
・お電話番号
・ご希望の書名
(念のため記載ください)
今すぐほしい!という方は、下記アマゾンから購入可能です。

歩くバンコク・2025
Posted by 下川裕治 at
13:18
│Comments(0)
2024年11月04日
発売の『歩くバンコク』はバンコクに行った気にさせてしまう?
『歩くバンコク』が発売になる。正式な発売日は11月5日だが、多くの書店がすでに店頭に並べていると思う。
世界を新型コロナウイルスが席巻していた時期、『歩くバンコク』も一時、休刊していた。再開されてから早いものでもう3号目になる。
制作を委託していたあるフリーペーパーがウエブ版に移行してしまい、それでもなんとか年に1回の発行はつづけていたが、そこを直撃したパンデミック。『歩くバンコク』は息の根を止められたようなものだった。その後、感染が収束に向かい、さて……とバンコクを見渡したとき、制作に協力してくれた人の多くが日本に帰国してしまっていた。制作スタッフを探すことからはじまった再開だった。コロナ禍でバンコクの店も大きく変わっていた。なんとかコロナ禍前のクオリティーを保つことを目標につくったのが再開1号だった。2号目で、スタッフも慣れてきた。そして3号目の今回、アユタヤとパタヤを加えた。さらに100本近い動画を掲載した。
『歩くバンコク』は紙媒体である。そこに動画? 間をつないでくれたのはQRコードだった。誌面にQRコードを掲載し、それをスマホで読みとると、動画が再生される。電車の切符の買い方、タクシーを呼ぶ配車アプリの操作……といった実用的な動画に加え、紹介する店の料理や店内の様子、駅からの道なども動画で見ることができる。
ネット文化に押され、紙媒体は衰退の一途を辿ってきた。『歩くシリーズ』も同様で、一時は世界の10都市以上のガイドを発行していたが、年を追うように発行都市が減っていった。
その間もネット文化は加速度がついたかのように広がっていった。文章から写真へ、そして動画へ。その進化が紙媒体をつなげてくれた。QRコードを読み込めば情報や動画をスマホで見ることができるシステムは、ひょっとしたら紙媒体を救済してくれるかもしれないとも思う。
そこで今回の『歩くバンコク』は、動画にトライしてみようと思った。当初は、
「10本程度、多くても20本」
と踏んでいたが、続々と動画が送られてきて、最終的には100本を超えた。スマホで簡単に撮影できるようになった動画の広がりをいまさらながら思い知らされたが、皆、動画撮影は素人だった。特別な機材があるわけではない。手振れもある。
編集段階でその動画を編集部や出版社の担当者で観てみてもらった。
「これ、巧みに編集されたものより返って観いってしまう」
「リアリティ……すごく伝わりますよ」
『歩くバンコク』はガイドブックにリアイティを求めていた。「店内は扇風機だけなので暑い」「昼にいったら満席で入れなかった」と堂々と書くことにしている。バンコク在住のスタッフの本音を伝えることがリアリティに通じると思っている。
動画から伝わるリアリティ……そのまま掲載に踏み切った。
正式な発売は5日だが、書店によっては2~3日前には販売をはじめる。購入した読者からさっそく評価が届く。
「動画、画期的です。こんなガイドブックははじめて」
「動画、いいですね。すっかり行った気にさせてくれます」
編集に携わった身として、この評価が気にかかる。
「行った気にさせる? それまずくない? ガイドブックって行く気にさせないといけないんじゃない?」
動画のリアリティは諸刃の剣か。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
世界を新型コロナウイルスが席巻していた時期、『歩くバンコク』も一時、休刊していた。再開されてから早いものでもう3号目になる。
制作を委託していたあるフリーペーパーがウエブ版に移行してしまい、それでもなんとか年に1回の発行はつづけていたが、そこを直撃したパンデミック。『歩くバンコク』は息の根を止められたようなものだった。その後、感染が収束に向かい、さて……とバンコクを見渡したとき、制作に協力してくれた人の多くが日本に帰国してしまっていた。制作スタッフを探すことからはじまった再開だった。コロナ禍でバンコクの店も大きく変わっていた。なんとかコロナ禍前のクオリティーを保つことを目標につくったのが再開1号だった。2号目で、スタッフも慣れてきた。そして3号目の今回、アユタヤとパタヤを加えた。さらに100本近い動画を掲載した。
『歩くバンコク』は紙媒体である。そこに動画? 間をつないでくれたのはQRコードだった。誌面にQRコードを掲載し、それをスマホで読みとると、動画が再生される。電車の切符の買い方、タクシーを呼ぶ配車アプリの操作……といった実用的な動画に加え、紹介する店の料理や店内の様子、駅からの道なども動画で見ることができる。
ネット文化に押され、紙媒体は衰退の一途を辿ってきた。『歩くシリーズ』も同様で、一時は世界の10都市以上のガイドを発行していたが、年を追うように発行都市が減っていった。
その間もネット文化は加速度がついたかのように広がっていった。文章から写真へ、そして動画へ。その進化が紙媒体をつなげてくれた。QRコードを読み込めば情報や動画をスマホで見ることができるシステムは、ひょっとしたら紙媒体を救済してくれるかもしれないとも思う。
そこで今回の『歩くバンコク』は、動画にトライしてみようと思った。当初は、
「10本程度、多くても20本」
と踏んでいたが、続々と動画が送られてきて、最終的には100本を超えた。スマホで簡単に撮影できるようになった動画の広がりをいまさらながら思い知らされたが、皆、動画撮影は素人だった。特別な機材があるわけではない。手振れもある。
編集段階でその動画を編集部や出版社の担当者で観てみてもらった。
「これ、巧みに編集されたものより返って観いってしまう」
「リアリティ……すごく伝わりますよ」
『歩くバンコク』はガイドブックにリアイティを求めていた。「店内は扇風機だけなので暑い」「昼にいったら満席で入れなかった」と堂々と書くことにしている。バンコク在住のスタッフの本音を伝えることがリアリティに通じると思っている。
動画から伝わるリアリティ……そのまま掲載に踏み切った。
正式な発売は5日だが、書店によっては2~3日前には販売をはじめる。購入した読者からさっそく評価が届く。
「動画、画期的です。こんなガイドブックははじめて」
「動画、いいですね。すっかり行った気にさせてくれます」
編集に携わった身として、この評価が気にかかる。
「行った気にさせる? それまずくない? ガイドブックって行く気にさせないといけないんじゃない?」
動画のリアリティは諸刃の剣か。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
Posted by 下川裕治 at
13:03
│Comments(2)