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ナムジャイブログ

2017年08月14日

こいしいたべもの

 台風が去った暑い日に、1冊の本がそっと贈られてきた。森下典子さんの『こいしいたべもの』(文春文庫)である。締め切りに追われているというのに、ついページを開く。やめられなくなってしまった。ひとつの項がそれほど長くないエッセイ集だから、ストーリーを追いかけているわけではない。柿の種、鳩サブレーといった順で食べ物が並び、それにまつわる家族や自分の話が続いていく。
 やめられないのは文章が描く空間が、なんだかひそやかでいとおしく、温かいからだ。
──根詰まりを起こした植木のように、頭の中で思いがからみあい、布団の中で悶々と眠れぬまま、朝を迎えるようになっていた。
「潮干狩りに行きたい」と無性に思った。
 そこで森下さんは三浦半島に向かう。バケツと熊手を手に。浜の砂地に足首まで埋まったときの快感。電気製品についているアースが、溜まった電気を地面に逃すように、なにかが足の裏から抜け出ていく。その日々は祖母と一緒に潮干狩りに行った日々につながっていく。
 なにが起きているわけではない。おかしいわけでもない。しかしあっという間に、彼女の世界に、そう、足首まで埋まってしまうのだ。
 僕はアジアの旅ばかり書いている。彼女の描く世界から眺めると、なんと雑駁な世界かと思う。アジアはのんびりとしていて妙なことがいつも起きるが、日本のようなひそやかなものがない。理由はわかっている。僕が日本人だからだ。
 無理をして書いているという思いがどこかにひっかかっているのかもしれない。いや、旅をすることにどこかつらさの芽生えているのかもしれない。
 彼女とは若い頃一緒に仕事をしていた。週刊朝日の『デキゴトロジー』というコラムページを担当していた。ふたりでほとんどを書いていた時期もあった気がする。よく、これだけ感性が違う人間が、同じコラムページの原稿を書いていたと思う。
 この本にも当時の話が少し出てくる。インスタントのソース焼きそばのペヤングにまつわる話として。あの頃のことは、僕にも思い出が詰まっているが、とても彼女のようには書けない。まだ修業が足りないということだろうか。
 あの頃から、もう30年以上がたった。僕も60代だが、森下さんも60代になったはずだ。互いに週刊誌の仕事からは離れた。僕はそれから、アジアを西へ、東へと歩いてきたが、彼女はじっと日本にいて、家族とか、日本のたべものとかにおいを大切にしてきたのだ。
 別に彼女が枯れているわけではない。本を読んでもらえばわかるはずだ。そう、思い出した。彼女はあの頃から食べることが大好きな女性だった。羨ましいぐらいに。

■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=世界の長距離列車の旅。カナダの列車旅がはじまります。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。難関のミャンマーの列車旅が続く。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記


Posted by 下川裕治 at 15:53│Comments(1)
この記事へのコメント
こいしいたべもの
食いしん坊にはぐっとくるタイトルです。
僕はチェンマイのチャイナタウンに在るカオカムー屋台がこいしいたべものです。
ペナンのジョージタウンのホッケンミーもいとこいし。
あぁ〜。あと…
キリがないのでこのへんで自粛します。
Posted by たぬきまるだいすけ at 2017年08月17日 17:54
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