インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

2017年08月21日

上質な1票、低質な1票

『REAL ASIA』という雑誌の編集にかかわっている。そのなかで、タイの中間層を扱った。その原稿を読みながら、20年前以上前の荒川沖を思い出してしまった。
 当時、茨城県の荒川沖には多くのタイ人が暮らしていた。リトルバンコクとも呼ばれていた。そこに暮らすタイ人の大多数は不法滞在だった。
 知り合いのタイ人が何人もいた。トラブルも多かった。僕はしばしば、荒川沖に行くことになった。
 暑い頃だった。いつものように彼らのアパートに出向くと、タイから頻繁に電話がかかってきていた。そのたびに歓声が部屋を包んだ。皆、興奮していた。
 選挙だった。タイの総選挙が行われ、その開票結果が、電話で逐一伝えれていたのだ。選挙でこんなに興奮するタイ人を見たのははじめてだった。彼ら自身、日本にいるのだから投票はしていない。しかし地元とつながっていた。
 地元? イサーンだった。東北タイ。タイのなかでは貧しい一帯だった。日本に稼ぎにくる男や女は、イサーン出身者が多かった。
 当時の首相はタクシンだった。そして荒川沖のアパートにいるタイ人の多くはタクシンを支持していた。
 その後、タイは政治的に混乱する10年を迎えるのだが、いまになってみると、彼らが興奮する理由がよくわかる。それまでもタイでは選挙が行われていた。しかし彼らの声はタイの政治には届かなかった。貧しい階層の受け皿政党がなかったのだ。
 それをつくったのがタクシンだった。そしてタクシンは、農民の負債の返済猶予や30バーツ医療など、貧しい階層向けの政策を次々に実施していった。
 これに反発したのがバンコクに増えつつあった中間層である。その後のタクシン派と反タクシン派の対立は、あえて説明することもないかもしれない。そのなかで、反タクシン派からはこんな発言が出てくる。
「バンコクの30万票は上質で、地方の1500万票は低質だ」「問題は地方の人たちが民主主義を理解していないこと」
 選挙をすれば、必ずタクシン派が勝利を収める構造がこういう発想を導いていた。
 それは、初歩的な民主主義に対する過ちだった。性別や教育レベル、収入に関係なく、人々には平等に1票が与えられる。その環境のなかの選挙によって政策の逆行を防ぐことができる。その理論が民主主義の根幹である。
 その発想のなかにタクシン派がいたかというと、これも怪しい。つまり両派ともに民主主義を理解はしていないというタイの現実が際立ってきてしまう。
 いまの世界は、グローバリズムの後退の中で、民主主義が危うくなってきている。その問題とタイの混乱は、やはりレベルが違うように映る。
 だが……と思う。荒川沖で興奮していたタイ人は純粋だった。その芽を育てることができなかったタイ。それがタイの混乱をつくり出している気もする。

■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=世界の長距離列車の旅。カナダの列車旅がはじまります。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。難関のミャンマーの列車旅が続く。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記


Posted by 下川裕治 at 11:51│Comments(1)
この記事へのコメント
政治に関心がない日本人
不満はあるし、口に出すけれど
結局のところ政治に関心がない
選挙投票に行く人も実際どこまで真剣なのか、参加することに意義があるかのよう。
日本人はなんだかんだで妥協できる程度の不満しかないのでは?と思ってしまうのです。
Posted by たぬきまるだいすけ at 2017年09月05日 18:02
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。