2019年02月04日
死とつきあうということ
1月31日の昼、我が家で飼っていた猫が死んだ。そろそろ危ない……という予感はあった。
ちょうど1週間前、獣医師が家に来た。我が家の猫は、犬猫病院に連れていくと、すごく緊張する。少しでもストレスがかからないようにと、往診専門の獣医に治療を依頼していた。いまの日本では、こういうスタイルの獣医師がいる時代なのだと思った。
癌とわかったのが、1月初旬。それから週に1回のペースで往診に来てもらっていた。
「進行、早いですね。これから1週間が山かもしれません。こうなると犬は2、3日。でも猫は生命力がありますから」
次は2月1日に日は決まったが、獣医師は時間の約束までしなかった。
「それまでもたないかもしれないってことかもしれないね」
妻と話した。餌を食べなくなり、水を小さなスポイトで与えることが精いっぱいになっていた。歩くことも難しくなった。死ぬ2日前、口から血を吐いた。鼻の下にできた癌である。口のなかまで浸潤しているのかもしれなかった。
そして当日。また激しく血を吐いた。その後、空気の通りがよくなったのか、しばらく息をしていたが、それが止まった。
肉親や知人の死を、何回か経験しているが、死ぬ瞬間に立ちあったことはない。いつも訃報を受けて駆けつけている。しかし今回、猫とはいえ、その瞬間に立ちあってしまった。
獣医師は、死のサインを教えてくれていた。死ぬしばらく前、不思議な鳴き声を発するという。そしてその瞬間、前足を突っ張ったような体勢をとるらしい。我が家の猫は、血を吐いたとき、たしかに前足に力が入ったような気がした。
いい獣医師だったと思う。この先に起きることを、いつも説明してくれた。心の準備をつくりやすかった。ペットの死について、いろいろ話もした。
生きようとする力。そしてその力を削ぎとるような癌の力。猫の体のなかで、そのふたつの力がぶつかっていた。まったく方向が違うベクトルが作用し、癌の力が勝ったときに死が訪れる。その過程とつきあったことになる。いつも寄り添っていたのは妻だったが。
蓮華寺という寺で遺骨にした。儀式化することで、心の空白を埋めていく人間の知恵。人の死に直面したとき、いつもそう思う。猫も同じだった。
遺骨になった日、僕は空港に向かった。仕事が待っていた。機内では、次に出る本のゲラをずっと読んでいた。
こうして死を内包しながら、人は日常に戻っていく。ゲラを読み進めながら、そんなことを考えていた。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズがはじまります。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
ちょうど1週間前、獣医師が家に来た。我が家の猫は、犬猫病院に連れていくと、すごく緊張する。少しでもストレスがかからないようにと、往診専門の獣医に治療を依頼していた。いまの日本では、こういうスタイルの獣医師がいる時代なのだと思った。
癌とわかったのが、1月初旬。それから週に1回のペースで往診に来てもらっていた。
「進行、早いですね。これから1週間が山かもしれません。こうなると犬は2、3日。でも猫は生命力がありますから」
次は2月1日に日は決まったが、獣医師は時間の約束までしなかった。
「それまでもたないかもしれないってことかもしれないね」
妻と話した。餌を食べなくなり、水を小さなスポイトで与えることが精いっぱいになっていた。歩くことも難しくなった。死ぬ2日前、口から血を吐いた。鼻の下にできた癌である。口のなかまで浸潤しているのかもしれなかった。
そして当日。また激しく血を吐いた。その後、空気の通りがよくなったのか、しばらく息をしていたが、それが止まった。
肉親や知人の死を、何回か経験しているが、死ぬ瞬間に立ちあったことはない。いつも訃報を受けて駆けつけている。しかし今回、猫とはいえ、その瞬間に立ちあってしまった。
獣医師は、死のサインを教えてくれていた。死ぬしばらく前、不思議な鳴き声を発するという。そしてその瞬間、前足を突っ張ったような体勢をとるらしい。我が家の猫は、血を吐いたとき、たしかに前足に力が入ったような気がした。
いい獣医師だったと思う。この先に起きることを、いつも説明してくれた。心の準備をつくりやすかった。ペットの死について、いろいろ話もした。
生きようとする力。そしてその力を削ぎとるような癌の力。猫の体のなかで、そのふたつの力がぶつかっていた。まったく方向が違うベクトルが作用し、癌の力が勝ったときに死が訪れる。その過程とつきあったことになる。いつも寄り添っていたのは妻だったが。
蓮華寺という寺で遺骨にした。儀式化することで、心の空白を埋めていく人間の知恵。人の死に直面したとき、いつもそう思う。猫も同じだった。
遺骨になった日、僕は空港に向かった。仕事が待っていた。機内では、次に出る本のゲラをずっと読んでいた。
こうして死を内包しながら、人は日常に戻っていく。ゲラを読み進めながら、そんなことを考えていた。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=再び「12万円で世界を歩く」のシリーズがはじまります。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。いまは番外編を連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at 11:38│Comments(1)
この記事へのコメント
私も、昨年、長年実家で飼っていた犬が死にました。
未だに元気だった頃を思い出します。
悲しいものですね。
未だに元気だった頃を思い出します。
悲しいものですね。
Posted by りゅうじ at 2019年03月04日 23:57
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