2020年07月06日
石垣港に吹く風
石垣島を中心に、八重山諸島をまわってきた。最後の夕方、石垣港にあるさしみ屋で、ビールを飲みながらぼんやりしていた。
これまでさまざまな船に乗ってきた。その頻度を考えると、この石垣港から船に乗った回数がいちばん多い。今回も竹富島と西表島に向かう高速船、そして与那国島から乗ったフェリーが着いたのも石垣港だった。
僕の周りには沖縄好きが多い。本島、宮古島、八重山諸島と好みはわかれるが、八重山諸島派にとって、石垣港は特別な場所のように思う。
石垣港から離島に向かう前、時間があると港に面した店でビールを飲むという知人は多い。なんとなくそういう気分になるのだという。今日の船は揺れないだろうか……などと呟きながら。
島での日々が終わり、船で石垣港に戻ってくる。そのときも港に面した店でビールを飲むのだが、意識はまったく違う。
いまの石垣港の周りにはビル型のホテルが何棟も建っている。島に向かうときは気にもならなかった建物だが、島から戻ってきたときの視線は違う。ビルという建物から東京が蘇ってきてしまうのだ。
しばらく前、大学時代の同級生が死んだ。自殺だった。電車に飛び込んでしまった。
彼がよく訪れていたのが波照間島だった。多いときは年に4回ぐらい滞在していたようだった。一度、波照間島での日々を本にまとめたいという相談を受けたこともあった。民宿の改築を手伝いながら、長く滞在する予定だといった。
彼の死から1年ほどたったとき、僕も波照間島に渡った。彼の足跡を辿るつもりはなかったが、島に渡ると、やはり気になってしまう。彼が定宿にしていた民宿に泊まった。
波照間島は星がきれいなことで知られている。島には灯が少ないから、星もよく見えるのだ。人が暮らす島としては日本の最南端。南十字星も見ることができる。星を見るために波照間島に向かう人も多い。
友人は天文少年だった。宿には彼が東京からもち込んだ高そうな望遠鏡がしっかり保管されていた。彼は毎夜、民宿に泊まった客を連れて鑑賞スポットに向かい、レーザーポインターで星空を指しながら、星や星座を解説していたという。
知人は大学を出た後、編集者として生きてきた。ヒット作もいくつかあった。しかし波照間島に通っていたころ、あまり仕事はなかったようだ。
波照間島に前夜、彼の奥さんに会った。
「最後のほうは、もうだいぶ壊れていたから……」
彼女はそういった。
沖縄にはパイパティローマ伝説がある。南波照間島という架空の島の話は、ニライカナイ伝説にも通じるらしい。波照間島の南彼方にニライカナイという理想郷があると……。
波照間島から東京に戻るとき、石垣港を通ることになる。彼も港の店でよくビールを飲むといっていた。
波照間島では彼の居場所があった。星があったからだ。天文少年に戻ることができた。
しかし石垣島から那覇、そして東京に向かうにつれ、空が汚れていく。星の数が減るにつれて、彼の居場所は失われていったのだろうか。
彼も港からビル型ホテルを見あげていたのに違いない。僕もホテルの灯を眺めながらビールを飲む。海からの風は無慈悲なほどに優しい。
■“旅情報ノート”クラブの内容は、以下のサイトで?http://www.arukubkk.com/
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=沖縄の離島のバス旅がはじまります。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=沖縄の離島のバス旅シリーズがはじまります。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
これまでさまざまな船に乗ってきた。その頻度を考えると、この石垣港から船に乗った回数がいちばん多い。今回も竹富島と西表島に向かう高速船、そして与那国島から乗ったフェリーが着いたのも石垣港だった。
僕の周りには沖縄好きが多い。本島、宮古島、八重山諸島と好みはわかれるが、八重山諸島派にとって、石垣港は特別な場所のように思う。
石垣港から離島に向かう前、時間があると港に面した店でビールを飲むという知人は多い。なんとなくそういう気分になるのだという。今日の船は揺れないだろうか……などと呟きながら。
島での日々が終わり、船で石垣港に戻ってくる。そのときも港に面した店でビールを飲むのだが、意識はまったく違う。
いまの石垣港の周りにはビル型のホテルが何棟も建っている。島に向かうときは気にもならなかった建物だが、島から戻ってきたときの視線は違う。ビルという建物から東京が蘇ってきてしまうのだ。
しばらく前、大学時代の同級生が死んだ。自殺だった。電車に飛び込んでしまった。
彼がよく訪れていたのが波照間島だった。多いときは年に4回ぐらい滞在していたようだった。一度、波照間島での日々を本にまとめたいという相談を受けたこともあった。民宿の改築を手伝いながら、長く滞在する予定だといった。
彼の死から1年ほどたったとき、僕も波照間島に渡った。彼の足跡を辿るつもりはなかったが、島に渡ると、やはり気になってしまう。彼が定宿にしていた民宿に泊まった。
波照間島は星がきれいなことで知られている。島には灯が少ないから、星もよく見えるのだ。人が暮らす島としては日本の最南端。南十字星も見ることができる。星を見るために波照間島に向かう人も多い。
友人は天文少年だった。宿には彼が東京からもち込んだ高そうな望遠鏡がしっかり保管されていた。彼は毎夜、民宿に泊まった客を連れて鑑賞スポットに向かい、レーザーポインターで星空を指しながら、星や星座を解説していたという。
知人は大学を出た後、編集者として生きてきた。ヒット作もいくつかあった。しかし波照間島に通っていたころ、あまり仕事はなかったようだ。
波照間島に前夜、彼の奥さんに会った。
「最後のほうは、もうだいぶ壊れていたから……」
彼女はそういった。
沖縄にはパイパティローマ伝説がある。南波照間島という架空の島の話は、ニライカナイ伝説にも通じるらしい。波照間島の南彼方にニライカナイという理想郷があると……。
波照間島から東京に戻るとき、石垣港を通ることになる。彼も港の店でよくビールを飲むといっていた。
波照間島では彼の居場所があった。星があったからだ。天文少年に戻ることができた。
しかし石垣島から那覇、そして東京に向かうにつれ、空が汚れていく。星の数が減るにつれて、彼の居場所は失われていったのだろうか。
彼も港からビル型ホテルを見あげていたのに違いない。僕もホテルの灯を眺めながらビールを飲む。海からの風は無慈悲なほどに優しい。
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■このブログ以外の連載を紹介します。
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○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=沖縄の離島のバス旅シリーズがはじまります。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
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Posted by 下川裕治 at 12:36│Comments(0)
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