2020年08月31日
『殺人の品格』と『愛の不時着』
『殺人の品格』(金光英美訳。扶桑社)を一気に読み終えた。脱北し、韓国に住むイ・ジュソンという作家の小説だ。韓国で出版を拒否された小説でもある。
読み進めながら、これはフィクションなのかノンフィクションなのか……意識は左右に揺れ続けていた。ジャンルは小説ということになっているのだが、それにしたら、内容が豊富すぎる。人間の肉まで売られている北朝鮮の市場、脱北した北朝鮮の女性を食い物にする中国の裏社会、韓国のなかに張り巡らされたスパイ網……。小説家なら、ひとつひとつの惨劇を、もっと多くの文字を費やし、何冊かの物語にまとめる。しかしイ氏は惜しげもなく、次から次へとストーリーを展開させていく。まるで韓流ドラマを観ているかのような気になる。
仮にノンフィクションだとしたら、北朝鮮社会の絶望や中国社会の稚拙さ、そして韓国の暗部に首うなだれるしかない。
イ氏が小説という形で世に出した本が、韓国での出版の壁にぶつかったのは、この本を読んだ人々が、フィクションなのかノンフィクションなのか、その判断で悩んだ証なのだろう。
おそらくイ氏には、書かなければならないことが、あまりにも多いのだ。自らが脱北者として、そういう人生を強いられてきたということなのだ。訳者があとがきで書いているように、この本はイ氏にとってはノンフィクションなのだ。世間のフィクションかノンフィクションかという論争を超えた迫力が伝わってくる。
『愛の不時着』を観た。ずいぶんと話題になっているからだ。このドラマも、北朝鮮が舞台になっている。北朝鮮を題材に使い、コメディータッチに仕立てられている。ストーリは韓流ドラマ特有のやや雑だが、それを気にさせないスピードで進んでいく。これまでも韓流ドラマには何回かはまったが、観はじめるとやめられないドラマづくりのテクニックは健在である。
このドラマには、しばしば、北朝鮮の村が登場する。暮らしはよくいえば素朴だが、ソウルからは考えられないような遅れた世界として描かれる。韓国のことは「南町」という隠語で表現され、そこから届いた物資は、市場でこっそりと売られる。村では停電も頻繁に起きる。そのときのローソクも恋愛のアイテムに使ってしまう。
北朝鮮の政府は当然、反発するが、政治的な問題には発展していない。
韓国社会のなかには、素朴な北朝鮮の暮らしに憧れる若者も出てきている。
小説やドラマの世界では、南北の政治的なイデオロギーを超えてしまっている。長い分断は、政治的な駆け引きや儀礼的な握手ではなく、毒をえぐり出し、笑いに変換していくことで空気が変わっていく。そんな予感を感じさせる。
■YouTubeチャンネルをつくりました。「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg?view_as=public
観てみてください。面白そうだったらチャンネル登録を。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=沖縄の離島のバス旅がはじまります。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=沖縄の離島のバス旅シリーズがはじまります。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
読み進めながら、これはフィクションなのかノンフィクションなのか……意識は左右に揺れ続けていた。ジャンルは小説ということになっているのだが、それにしたら、内容が豊富すぎる。人間の肉まで売られている北朝鮮の市場、脱北した北朝鮮の女性を食い物にする中国の裏社会、韓国のなかに張り巡らされたスパイ網……。小説家なら、ひとつひとつの惨劇を、もっと多くの文字を費やし、何冊かの物語にまとめる。しかしイ氏は惜しげもなく、次から次へとストーリーを展開させていく。まるで韓流ドラマを観ているかのような気になる。
仮にノンフィクションだとしたら、北朝鮮社会の絶望や中国社会の稚拙さ、そして韓国の暗部に首うなだれるしかない。
イ氏が小説という形で世に出した本が、韓国での出版の壁にぶつかったのは、この本を読んだ人々が、フィクションなのかノンフィクションなのか、その判断で悩んだ証なのだろう。
おそらくイ氏には、書かなければならないことが、あまりにも多いのだ。自らが脱北者として、そういう人生を強いられてきたということなのだ。訳者があとがきで書いているように、この本はイ氏にとってはノンフィクションなのだ。世間のフィクションかノンフィクションかという論争を超えた迫力が伝わってくる。
『愛の不時着』を観た。ずいぶんと話題になっているからだ。このドラマも、北朝鮮が舞台になっている。北朝鮮を題材に使い、コメディータッチに仕立てられている。ストーリは韓流ドラマ特有のやや雑だが、それを気にさせないスピードで進んでいく。これまでも韓流ドラマには何回かはまったが、観はじめるとやめられないドラマづくりのテクニックは健在である。
このドラマには、しばしば、北朝鮮の村が登場する。暮らしはよくいえば素朴だが、ソウルからは考えられないような遅れた世界として描かれる。韓国のことは「南町」という隠語で表現され、そこから届いた物資は、市場でこっそりと売られる。村では停電も頻繁に起きる。そのときのローソクも恋愛のアイテムに使ってしまう。
北朝鮮の政府は当然、反発するが、政治的な問題には発展していない。
韓国社会のなかには、素朴な北朝鮮の暮らしに憧れる若者も出てきている。
小説やドラマの世界では、南北の政治的なイデオロギーを超えてしまっている。長い分断は、政治的な駆け引きや儀礼的な握手ではなく、毒をえぐり出し、笑いに変換していくことで空気が変わっていく。そんな予感を感じさせる。
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Posted by 下川裕治 at 13:02│Comments(0)
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