インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

2020年11月09日

東京歩きという空白

『新東京珍百景でチルする』(メディアパル刊)が発売になった。企画と撮影や原稿の一部を担当した。
 僕は海外を紹介するガイドブックの編集にもかかわっている。新型コロナウイルスの感染拡大のなか、その種のガイドの発行は難しい。アジアのなかでは。観光目的での渡航ができないからだ。観光客を受け入れる業界も苦しんでいるが、ガイドブックの世界も青息吐息。そんな事情もあるのだが、企画の発端はむしろ国内旅行だった。政府の肝入りではじまったゴートゥートラベルへの不快感が生んだ本といってもいい。
 ゴートゥートラベルを否定するつもりはない。コロナ禍のなか、日本の旅行業界は瀕死状態に陥った。それをなんとかしなくてはいけない意図はわかる。しかしそのシステムに違和感を覚えてしまった。
 ゴートゥートラベルは旅なのか……という疑問符である。いや、正確にいうと、僕の旅との不協和音である。
 旅行費用が安くなることはありがたい。しかしその恩恵を受けるには、IT系の旅行会社が企画する商品を買うという流れがベースにある。その日、どこまで辿り着くことができるのかがわからない僕の旅とは違う。ニュアンスの違いでいえば、旅行と旅の違いか。
 僕の周りには、そんな感覚の持ち主が多いから、彼らと話しているなかから、東京の珍百景が浮かびあがってきた。
 珍百景は観光地ではない。その場所を自分で探さなくてはならない。頼りになるのは、ガイドではなく足とグーグルマップという世界なのだ。
 企画に心が動いたメンバーが、東京のなかを歩いた。あまりに勾配が急で通行止めになった坂。点灯時間が短すぎる信号。東京からとり残されてしまったような商店街……。
 歩いた知人たちが中間報告を送ってきてくれた。
「これ、意外と面白い……」
 珍百景を探し歩くという行為には旅が潜んでいたのだ。知らない街をとぼとぼ歩き、めざす光景を探す。この道だろうか。何回か、行きつ戻りつという非合理さ。そこで不思議な光景に出合ったときの妙な感動。
 東京のなかにも、しっかりと旅があった。
 僕は純粋階段を探した。純粋階段というのは、階段をあがってもなにもなく、ただ降りるしかない階段のことだ。まったく無用な存在なのだが、それをみつけたときには達成感があった。場所は僕の仕事場の近くだった。階段だけに注意を払いながら歩く日々を1週間。そこでまったく意味がない階段に出合った。それを前にしながら思ったものだ。
 僕は旅をしていた……。
 旅とはそういうものだと思う。有名温泉に安く泊まることも旅だが、そこには無意味な要素がない。旅の時間がつくる空白の時間がない。

 

■YouTubeチャンネルをつくりました。「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg?view_as=public
観てみてください。面白そうだったらチャンネル登録を。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=芭蕉の「奥の細道」を辿る旅がはじまります。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=沖縄の離島のバス旅シリーズを連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji


Posted by 下川裕治 at 11:59│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。