2010年05月17日
タイは愛されている
ここ一両日、頻繁に電話がかかってくる。
「タイはどうしちゃったんですか」
そんな言葉が耳に痛い。
日本での報道から想像するバンコクは市街戦の様相である。市内全域で銃声が鳴り響いているように考えている人もいる。
そう思ってしまうのも無理はない。かつて報道の現場に立っていた経験からいうと、記者というものは、騒乱の現場を切りとる。それが仕事なのだ。しかしそこから500メートル離れた食堂では、人々が世間話を交わしながら、カーオマンガイを食べていることは報じられない。記事にならないのだ。そこから日本人は、バンコク中の店がシャッターを重く閉めてしまった光景を想像してしまう。
バンコクは懐が深い街だ。これまで、対立する組織の衝突や、軍や警察が出ての鎮圧は、王宮前広場から民主記念塔、そしてその先の政府関係の建物周辺と決まっていた。これまでも3桁の死者が出た衝突は何回かあるが、どれもその周辺だった。ところが3年前、スアルアンこと黄シャツ派がスワンナプーム空港を占拠した。バンコクの衝突エリアから外に出たのだ。今回のスアデーン、つまり赤シャツ派の中心部占拠引のシナリオは、そのときにできたという気もする。しかし今回、赤シャツ派は、引き際を誤った気がしないでもない。
しかし、僕に電話をかけてくる知人のニュアンスは違っていた。彼らが抱くバンコクのイメージと市街戦がどうしても結びつかないのだ。そして大好きなバンコクという街がどうなるのか、心配でしかたないのだ。
バンコクはなんて幸せな街なんだろう……と思う。街の今後を心配してくれる人が、日本に何人もいるのだ。
たとえば激しい市街戦が起きたとき、「きれいな街並みが破壊された」という表現がある。そのひどさを、僕はカブールで見た。しかしバンコクはそんなにきれいな街並みではないから、それを心配する人はいないだろう。
バンコク好きの日本人が戻ってほしいのは、日本で重くなった心をふっと軽くしてくれるようないい加減で猥雑な街なのだ。女好きの男なら、カラオケクラブの女の太ももにときを忘れたいのかもしれない。路地裏好きなら、屋台に座ってまったりとビールを飲みたいのだろう。
占拠している赤シャツ派のなかにも、対峙する兵士のなかにも、そんなタイは生きているはずなのに、映像から伝わってくる空気は張り詰めていて、どこか遠い国のできごとのようにも映るのだ。
今日はタイフードフェスティバルだった。天気もよかったから、きっと多くのタイ好きが集まったのに違いない。僕は仕事に追われ、一日中パソコンに向かっていた。キーボードを叩く手を少し休め、あの会場の熱気に思いを馳せる。タイという国は、日本にこんなにファンをつくってしまった。日本人にとってのバンコクがなかなか戻ってこない。
(2010/5/16)
「タイはどうしちゃったんですか」
そんな言葉が耳に痛い。
日本での報道から想像するバンコクは市街戦の様相である。市内全域で銃声が鳴り響いているように考えている人もいる。
そう思ってしまうのも無理はない。かつて報道の現場に立っていた経験からいうと、記者というものは、騒乱の現場を切りとる。それが仕事なのだ。しかしそこから500メートル離れた食堂では、人々が世間話を交わしながら、カーオマンガイを食べていることは報じられない。記事にならないのだ。そこから日本人は、バンコク中の店がシャッターを重く閉めてしまった光景を想像してしまう。
バンコクは懐が深い街だ。これまで、対立する組織の衝突や、軍や警察が出ての鎮圧は、王宮前広場から民主記念塔、そしてその先の政府関係の建物周辺と決まっていた。これまでも3桁の死者が出た衝突は何回かあるが、どれもその周辺だった。ところが3年前、スアルアンこと黄シャツ派がスワンナプーム空港を占拠した。バンコクの衝突エリアから外に出たのだ。今回のスアデーン、つまり赤シャツ派の中心部占拠引のシナリオは、そのときにできたという気もする。しかし今回、赤シャツ派は、引き際を誤った気がしないでもない。
しかし、僕に電話をかけてくる知人のニュアンスは違っていた。彼らが抱くバンコクのイメージと市街戦がどうしても結びつかないのだ。そして大好きなバンコクという街がどうなるのか、心配でしかたないのだ。
バンコクはなんて幸せな街なんだろう……と思う。街の今後を心配してくれる人が、日本に何人もいるのだ。
たとえば激しい市街戦が起きたとき、「きれいな街並みが破壊された」という表現がある。そのひどさを、僕はカブールで見た。しかしバンコクはそんなにきれいな街並みではないから、それを心配する人はいないだろう。
バンコク好きの日本人が戻ってほしいのは、日本で重くなった心をふっと軽くしてくれるようないい加減で猥雑な街なのだ。女好きの男なら、カラオケクラブの女の太ももにときを忘れたいのかもしれない。路地裏好きなら、屋台に座ってまったりとビールを飲みたいのだろう。
占拠している赤シャツ派のなかにも、対峙する兵士のなかにも、そんなタイは生きているはずなのに、映像から伝わってくる空気は張り詰めていて、どこか遠い国のできごとのようにも映るのだ。
今日はタイフードフェスティバルだった。天気もよかったから、きっと多くのタイ好きが集まったのに違いない。僕は仕事に追われ、一日中パソコンに向かっていた。キーボードを叩く手を少し休め、あの会場の熱気に思いを馳せる。タイという国は、日本にこんなにファンをつくってしまった。日本人にとってのバンコクがなかなか戻ってこない。
(2010/5/16)
Posted by 下川裕治 at 13:07│Comments(2)
この記事へのコメント
下川さん、これは、階級闘争ですね。どうなんでしょうか?
Posted by ジジィ at 2010年05月18日 07:08
初めまして。
今日はどんなことが書いてあるのか、
ブログの更新をいつも楽しみにしています。
お仕事頑張って下さいね!
今日はどんなことが書いてあるのか、
ブログの更新をいつも楽しみにしています。
お仕事頑張って下さいね!
Posted by はるみ at 2010年05月21日 23:23
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