2022年09月12日
「東大」を支えた絶対味覚
「東大」のミヤコさんが亡くなられた。東大は那覇の栄町にあるおでん屋である。
9月15日に発売になる「沖縄の離島 路線バスの旅」(双葉社刊)の最後のゲラのチェックに追われているときだった。
その本のなかで栄町や栄町市場の店などをコラムに書いている。
またひとつ、僕にとっての沖縄が消えていってしまう……。
ゲラを読み進めながら思いは乱れた。
9月22日に、この本のトークイベントが、「旅の本屋のまど」である。
http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
会場に集まる人のなかには沖縄好きが多いだろう。そんな人なら1回は、東大の焼きテビチを食べたことがある気がする。トークイベントは、焼きテビチ話からはじまるのだろうか。僕は東大のミミガーのほうが焼きテビチより好きだったのだが。
ミヤコさんは絶対音感ならぬ絶対味覚をもった人だったと思う。ボリビアで生まれ、沖縄のおでん屋の東大を継いだが、そういう出自とは関係はない。生まれもった才能に映った。
僕らがよく通っていた頃は、すでに知る人ぞ知る店だったが、いまのように観光客が店の前に列をつくるほどではなかった。当時、那覇に住んでいた仲村清司氏と待ち合わせたことが多かっただろうか。待つこともなく店に入ることができた。
一度、近くの物件を一緒に見てほしい、とミヤコさんからいわれたことがあった。僕と仲村氏はミヤコさんの後をついて、近くの空き店舗を見た。1階だけでなく、2階まである店舗だった。
おそらくお客さんが増えていたのだろう。3倍近い広さのある店……。ミヤコさんは勝負にでようと思っていたのかもしれない。
「本土からの観光のお客さんが増えて、ときどきいわれるんです。ゴーヤーチャンプルーありますかって。おでん屋は普通、ないんですけど……。でも、つくってみようかと思って。でも、もう1000回ぐらいつくったけど、なにか納得が行かなくて。これからつくるから食べてみてくれますか」
出されたゴーヤーチャンプルーの緑色に目を瞠った。こんなに緑色が濃いゴーヤーチャンプルーは見たことがなかった。ゴーヤーはほくほくで、これまで食べたゴーヤーチャンプルーとは時空が違った。ミヤコさんはなにをめざしているのかわからなかった。しかしまだ彼女の舌が納得しないのだ。焼きテビチやミミガーの域には達していないのだろう。
そうこうしているうちに、東大はどんどん有名になってしまった。沖縄のおでん屋らしく、夜の9時半開店にもかかわらず、9時をすぎると店の前には観光客の長い列ができ、ドアが開いて5分ほどで満席という店になった。僕は足が遠のき、新型コロナウイルスに見舞われ、気がつくと訃報が届いた。
一度、取材で夏の甲子園の予選を観た帰りに寄ったことがあった。炎天下の高校野球観戦で、僕は腕や首筋が日に焼け、赤みを帯びて熱をもっていた。ミヤコさんは何回も氷入りのビニール袋をくれた。もう大丈夫、といっても聞く耳をもっていなかった。その徹底ぶりが、ゴーヤーチャンプルーにも通じていた気がした。
絶対味覚を裏打ちする性格……。絶対味覚を失った東大……。つらい話だ。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■noteでクリックディープ旅などを連載。
https://note.com/shimokawa_note/。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=コロナ禍の海外旅行を連載中。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
9月15日に発売になる「沖縄の離島 路線バスの旅」(双葉社刊)の最後のゲラのチェックに追われているときだった。
その本のなかで栄町や栄町市場の店などをコラムに書いている。
またひとつ、僕にとっての沖縄が消えていってしまう……。
ゲラを読み進めながら思いは乱れた。
9月22日に、この本のトークイベントが、「旅の本屋のまど」である。
http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
会場に集まる人のなかには沖縄好きが多いだろう。そんな人なら1回は、東大の焼きテビチを食べたことがある気がする。トークイベントは、焼きテビチ話からはじまるのだろうか。僕は東大のミミガーのほうが焼きテビチより好きだったのだが。
ミヤコさんは絶対音感ならぬ絶対味覚をもった人だったと思う。ボリビアで生まれ、沖縄のおでん屋の東大を継いだが、そういう出自とは関係はない。生まれもった才能に映った。
僕らがよく通っていた頃は、すでに知る人ぞ知る店だったが、いまのように観光客が店の前に列をつくるほどではなかった。当時、那覇に住んでいた仲村清司氏と待ち合わせたことが多かっただろうか。待つこともなく店に入ることができた。
一度、近くの物件を一緒に見てほしい、とミヤコさんからいわれたことがあった。僕と仲村氏はミヤコさんの後をついて、近くの空き店舗を見た。1階だけでなく、2階まである店舗だった。
おそらくお客さんが増えていたのだろう。3倍近い広さのある店……。ミヤコさんは勝負にでようと思っていたのかもしれない。
「本土からの観光のお客さんが増えて、ときどきいわれるんです。ゴーヤーチャンプルーありますかって。おでん屋は普通、ないんですけど……。でも、つくってみようかと思って。でも、もう1000回ぐらいつくったけど、なにか納得が行かなくて。これからつくるから食べてみてくれますか」
出されたゴーヤーチャンプルーの緑色に目を瞠った。こんなに緑色が濃いゴーヤーチャンプルーは見たことがなかった。ゴーヤーはほくほくで、これまで食べたゴーヤーチャンプルーとは時空が違った。ミヤコさんはなにをめざしているのかわからなかった。しかしまだ彼女の舌が納得しないのだ。焼きテビチやミミガーの域には達していないのだろう。
そうこうしているうちに、東大はどんどん有名になってしまった。沖縄のおでん屋らしく、夜の9時半開店にもかかわらず、9時をすぎると店の前には観光客の長い列ができ、ドアが開いて5分ほどで満席という店になった。僕は足が遠のき、新型コロナウイルスに見舞われ、気がつくと訃報が届いた。
一度、取材で夏の甲子園の予選を観た帰りに寄ったことがあった。炎天下の高校野球観戦で、僕は腕や首筋が日に焼け、赤みを帯びて熱をもっていた。ミヤコさんは何回も氷入りのビニール袋をくれた。もう大丈夫、といっても聞く耳をもっていなかった。その徹底ぶりが、ゴーヤーチャンプルーにも通じていた気がした。
絶対味覚を裏打ちする性格……。絶対味覚を失った東大……。つらい話だ。
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Posted by 下川裕治 at 16:29│Comments(0)
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