2022年12月12日
日本人は旅の没落貴族になった
最近、航空券についてのコメントを求められることが多い。
「ヨーロッパの美術館をまわる企画を立てているんですが、航空券が30万円以上と聞いて悩んでるんです。これだけ高いと雑誌で紹介しても読んでくれない気がして。安く行く方法ってあるんですか」
パリに年に1回は行っていたという知人からも電話がかかってくる。
「安い航空券ってどうやってみつけるの?」
ロシア上空を飛行できないことや燃油料の値あげなどで、ヨーロッパへの直行便はたしかに高い。
「直行便の半額ぐらいの運賃の航空会社ありますよ。アブダビを拠点にしたエディハド航空とか、エチオピア航空とか。経由便になっちゃうけど」
そう伝えると、知人は黙ってしまった。耳にしたこともない航空会社なのだろうか。いつもエールフランスや日系航空会社を使っていた人たちにしたら、別世界の航空会社に映ったのかもしれない。彼が僕に訊きたかったのは、エールフランスや日系航空会社の安い航空券だった。
コロナ禍前から、はっきりとその傾向はあった。世界はインフレ基調に入り、給料もあがっていった。しかし日本はデフレの波から脱却できず、給料もあがらない。コロナ禍の3年が明け、その格差がより鮮明になってきたのだ。
国民の豊かさを測る尺度はいろいろあり、一概に日本は貧しいといえないが、こと海外への旅という面では、日本人は貧しい国民になってしまった。世界を席巻するインフレと円安傾向のなかで、
「ニューヨークでラーメンとビールで1万円近くする」
「パリでそこそこのレストランに入ると、ひとり3万円は覚悟しないといけない」
といった話が飛び交う。アメリカ人にとって100ドルの価値は急速にさがった。しかし日本人にとっての100ドルは変わらない。
僕がしばしば訪ねるタイですら、割高感が募る。コンビニでビールを買と、その値段はすでに日本より高い。
日本人はこと旅の世界では没落貴族になってしまった。かつて好調な日本経済を背景に海外で味わうことができた贅沢を味わうことはもう難しい。しかし多くの日本人のなかには、いい時代が残影として残っている。これはかなり侘しいのだ。
パリに行くのにエールフランスに乗る資金はないが、エチオピア航空には乗りたくないということなのだ。
日本人がどれだけ早く、貧しい旅しかできない国民であることを自認していくか。それは日本人のプライドを失うことではないことをどれだけ早く気づくか。それとも、状況を受け入れられず、日本という国のなかで小さく生きていくか……。
きっといまの日本人はそのとば口で立ち竦んでいる気がする。
そんな話を知人にすると、
「下川さんのような旅の時代がやってくるっていうことじゃないですか」
といわれた。しかしそれは違うと思う。
あの頃、日本人には、僕のような貧しい旅を面白がる余裕があった。しかしいまの日本人は、日々の生活は当時よりはるかに豊かなのに、侘しさに包まれている。その違いを僕も埋められないでいる。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■noteでクリックディープ旅などを連載。
https://note.com/shimokawa_note/。
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=コロナ禍の海外旅行を連載中。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
「ヨーロッパの美術館をまわる企画を立てているんですが、航空券が30万円以上と聞いて悩んでるんです。これだけ高いと雑誌で紹介しても読んでくれない気がして。安く行く方法ってあるんですか」
パリに年に1回は行っていたという知人からも電話がかかってくる。
「安い航空券ってどうやってみつけるの?」
ロシア上空を飛行できないことや燃油料の値あげなどで、ヨーロッパへの直行便はたしかに高い。
「直行便の半額ぐらいの運賃の航空会社ありますよ。アブダビを拠点にしたエディハド航空とか、エチオピア航空とか。経由便になっちゃうけど」
そう伝えると、知人は黙ってしまった。耳にしたこともない航空会社なのだろうか。いつもエールフランスや日系航空会社を使っていた人たちにしたら、別世界の航空会社に映ったのかもしれない。彼が僕に訊きたかったのは、エールフランスや日系航空会社の安い航空券だった。
コロナ禍前から、はっきりとその傾向はあった。世界はインフレ基調に入り、給料もあがっていった。しかし日本はデフレの波から脱却できず、給料もあがらない。コロナ禍の3年が明け、その格差がより鮮明になってきたのだ。
国民の豊かさを測る尺度はいろいろあり、一概に日本は貧しいといえないが、こと海外への旅という面では、日本人は貧しい国民になってしまった。世界を席巻するインフレと円安傾向のなかで、
「ニューヨークでラーメンとビールで1万円近くする」
「パリでそこそこのレストランに入ると、ひとり3万円は覚悟しないといけない」
といった話が飛び交う。アメリカ人にとって100ドルの価値は急速にさがった。しかし日本人にとっての100ドルは変わらない。
僕がしばしば訪ねるタイですら、割高感が募る。コンビニでビールを買と、その値段はすでに日本より高い。
日本人はこと旅の世界では没落貴族になってしまった。かつて好調な日本経済を背景に海外で味わうことができた贅沢を味わうことはもう難しい。しかし多くの日本人のなかには、いい時代が残影として残っている。これはかなり侘しいのだ。
パリに行くのにエールフランスに乗る資金はないが、エチオピア航空には乗りたくないということなのだ。
日本人がどれだけ早く、貧しい旅しかできない国民であることを自認していくか。それは日本人のプライドを失うことではないことをどれだけ早く気づくか。それとも、状況を受け入れられず、日本という国のなかで小さく生きていくか……。
きっといまの日本人はそのとば口で立ち竦んでいる気がする。
そんな話を知人にすると、
「下川さんのような旅の時代がやってくるっていうことじゃないですか」
といわれた。しかしそれは違うと思う。
あの頃、日本人には、僕のような貧しい旅を面白がる余裕があった。しかしいまの日本人は、日々の生活は当時よりはるかに豊かなのに、侘しさに包まれている。その違いを僕も埋められないでいる。
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Posted by 下川裕治 at 13:27│Comments(1)
この記事へのコメント
下川先生からこのような話を聞くと一層寂しさを覚えます。東南アジアの旅まで日本より割高に感じるようになってしまったら辛いもんがあります。いつか、タイには本気で抜かされてしまいそう。
Posted by 叔父貴 at 2022年12月12日 20:04
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