2023年03月20日
3分咲きの花見なり
知人が帰国した。金がなくなり、最後にはオーバーステイ。フィリピンではないが、同じような収容所に入り強制送還という形の帰国だった。
先週の金曜日の夕方、彼が僕の事務所に訪ねてきた。
事務所の近くを神田川が流れている。しっかりと護岸工事が施されているが、その流れに沿って桜が植えられ、花見の名所になっている。江戸川公園と呼ばれている。
いま3分咲きである。
「再会のお祝いで、花見でもしますか」
近くのコンビニでビールを買い、公園のベンチに座った。
桜の木々に沿って提灯が並んでいる。3分咲きではまだライトアップはしないのか、街灯の灯がうっすらと咲きはじめた花房を映し出していた。
コロナ禍で自粛されていた花見も、今年は解禁される。もう先客がいるような気がしたが、花見の輪はひとつもなかった。提灯が灯らないと花見はできないということなのだろうか。いや、まだウイルスを警戒している人が多くいる? 薄暗いベンチの上で缶ビールの栓を開けた。
桜の記憶はなぜか死につながってしまう。30年以上前、親しくしていた知人がバングラデシュで死亡した。マラリアだった。その遺体の引きとりのため、遺族と一緒にバングラデシュに向かった。遺体と一緒に帰国すると日本は桜の季節だった。満開の桜が死のイメージと重なり合う。
1冊の雑誌の編集長を務めていたことがある。飯田橋の上智大学に近い土手の上で編集部の花見があった。編集部を置かせてもらっていた会社の社長もその輪のなかにいた。彼とは長いつきあいだった。花見も終わったとき、なぜか彼と僕が残ってしまった。花見客が残した新聞紙を丸めてボールをつくった。それを手に、上智大学のグランドに忍び込み、ふたりでサッカーをした。それがみつかり、警備員に怒られた。それから何年かがたち、彼は鬱を患い、首を吊ってしまった。
強制送還された彼の人生はつらい。カンボジアでは金がなくなり、水田のタニシを獲って食べたこともあったという。しかしなんとか日本に帰ってきた。
花見にはもうひとりの知人もいた。彼はかつて会社の社長を長く務めていたが、いま、その会社はない。
僕といえば、コロナ禍が尾を引き、なかなか旅の本が出ない。僕の旅とはなんだったのか、悩みつづけている。
3人とももう若くない。しかし人生の安穏にはほど遠い。ビールの仄かな酔いだけが心を軽くしてくれる。
帰り際、ひとりがいった。
「いつまでもほろ酔いでいられたらいいんだけどな」
切ない記憶がまたできてしまった。
桜は3分咲きである。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
先週の金曜日の夕方、彼が僕の事務所に訪ねてきた。
事務所の近くを神田川が流れている。しっかりと護岸工事が施されているが、その流れに沿って桜が植えられ、花見の名所になっている。江戸川公園と呼ばれている。
いま3分咲きである。
「再会のお祝いで、花見でもしますか」
近くのコンビニでビールを買い、公園のベンチに座った。
桜の木々に沿って提灯が並んでいる。3分咲きではまだライトアップはしないのか、街灯の灯がうっすらと咲きはじめた花房を映し出していた。
コロナ禍で自粛されていた花見も、今年は解禁される。もう先客がいるような気がしたが、花見の輪はひとつもなかった。提灯が灯らないと花見はできないということなのだろうか。いや、まだウイルスを警戒している人が多くいる? 薄暗いベンチの上で缶ビールの栓を開けた。
桜の記憶はなぜか死につながってしまう。30年以上前、親しくしていた知人がバングラデシュで死亡した。マラリアだった。その遺体の引きとりのため、遺族と一緒にバングラデシュに向かった。遺体と一緒に帰国すると日本は桜の季節だった。満開の桜が死のイメージと重なり合う。
1冊の雑誌の編集長を務めていたことがある。飯田橋の上智大学に近い土手の上で編集部の花見があった。編集部を置かせてもらっていた会社の社長もその輪のなかにいた。彼とは長いつきあいだった。花見も終わったとき、なぜか彼と僕が残ってしまった。花見客が残した新聞紙を丸めてボールをつくった。それを手に、上智大学のグランドに忍び込み、ふたりでサッカーをした。それがみつかり、警備員に怒られた。それから何年かがたち、彼は鬱を患い、首を吊ってしまった。
強制送還された彼の人生はつらい。カンボジアでは金がなくなり、水田のタニシを獲って食べたこともあったという。しかしなんとか日本に帰ってきた。
花見にはもうひとりの知人もいた。彼はかつて会社の社長を長く務めていたが、いま、その会社はない。
僕といえば、コロナ禍が尾を引き、なかなか旅の本が出ない。僕の旅とはなんだったのか、悩みつづけている。
3人とももう若くない。しかし人生の安穏にはほど遠い。ビールの仄かな酔いだけが心を軽くしてくれる。
帰り際、ひとりがいった。
「いつまでもほろ酔いでいられたらいいんだけどな」
切ない記憶がまたできてしまった。
桜は3分咲きである。
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Posted by 下川裕治 at 10:39│Comments(0)
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