インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

2023年05月01日

美しく切ない死

 最近、髪の毛がよく抜ける。季節の変わり目だからという気もしたが、やはり老化なのだと思う。まだフリーランスのライターだった頃、僕は『ハゲてたまるか』という本を書いている。髪の毛にはそれなりの知識はあるつもりだ。抜け毛が気になったとき、見た目の抜け毛よりはるかに多くの毛が抜け落ちている……。髪の毛のボリュームが減ってきているという自覚もある。電車で老人の頭部を見つめる。僕もその道を進んでいるのか。
 土曜日の夕方、飼い猫が死んだ。2ヵ月ほど前だろうか。腹部のしこりのようなものが気になって妻が動物病院に連れていくと、癌がみつかった。人間でいったらステージ4。末期だった。
 13年前、我が家の脇で野良猫が2匹の子供を生んだ。家の周りが遊び場になった。なりゆきで飼いはじめることになった。1匹は4年ほど前に他界した。そして今回……。
 以前、上海で地域猫のような猫の世話をする中年女性の動画を観た。彼女はこういっていた。
「ペットの最大の欠点は人間より寿命が短いこと」
 本当にそう思う。猫は死期を察知すると、あるスイッチが入る。餌を食べなくなり、体のエネルギーを少しずつ減らしていく。体温はしだいにさがっていく。そして誰からも見られない死に場所を探す。死への道をきっちりと歩みはじめるのだ。
 猫が意図したことではない。生存本能とは逆の死亡本能のようなものが組み込まれている。そのスイッチが入ってしまったら、誰にも、そう猫自身も止めることができない。
 土曜日に死んだ我が家の猫の体も、前日にはすでにひんやりとしていた。
 静かに呼吸を止めていったのは雄の猫だった。丸い目をした黒猫である。飼いはじめたとき、動物病院で去勢手術を受けた。
「警戒心がすごく強いね。でも、慣れたらいい飼い猫になる」
 獣医からそういわれた。いい飼い猫だったかどうか。僕にはわからない。ただ頭のいい猫で、空気を読むようなところがあった。
 しかし最後は猫らしく息を引きとった。
 死のスイッチが入った動物は、素直に死を受け入れる。だから切なくも美しい。人間という動物も、本来はそういう宇宙にいたのだろうが、頭脳が発達し、死に対して抗うようになった。医学という科学に延命を託す。死後の世界を想像することから宗教をつくりだしていった。
 知能というものがあるから、動物社会の頂点に君臨しているのだろうが、死というものの前では、猫のほうがはるかに美しく映る。
 13歳の猫は、人間でいったら、僕と同じぐらいの年齢らしい。そして僕は、抜け毛が増え、少しずつ老化していく。つまり死に近づいてくることを意味する。僕は人間だから、どうしても老いに対抗しようとしてしまう。猫の一生に比べると、なんと意気地がないことだろうか。
 ペットが教えてくれること。それは生き物がすべて内包する美しい死のようなものにも思える。


■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji




Posted by 下川裕治 at 13:42│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。