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ナムジャイブログ

2024年04月22日

大谷翔平とボールペンの替え芯

 今回はトークイベントの案内から。
 4月25日に、新刊の「シニアになって、ひとり旅」のトークイベントがある。
http://www.nomad-books.co.jp/
 コロナ禍が明けてはじめての書き下ろしである。新型コロナウイルスが5類になったのが昨年の5月初旬。これで自由に旅に出ることができる……と企画をたてはじめ、編集会議を経て、北海道の苫小牧に向かったのが9月。瀬戸内を吹く冷たい風のなか尾崎放哉が死んだ小豆島を歩いたのが12月。それが1冊分の取材の最後だった。年の瀬から原稿を書きはじめ……今年4月の発売になった。
 いろいろが変わった。以前はカメラマンとのふたり旅が多かったが、コロナ禍明けで予算も少なく、ひとり旅。それがそのままタイトルになった。写真も撮らなくてはならなくなった。そしてトークイベントも、ひとりである。
 歳をとるごとに負担が増えていく。これはいったいどういうことだろうか。本が売れれば、状況が変わるのかもしれないが、まだ販売状況はよくわからない。
 この本の最終のチェックをしている頃、ドジャースの大谷翔平選手がソウルの仁川国際空港に降り立った。後ろに奥さんの姿があった。野球選手として絶頂期に迎えているように映った。渦巻くファンの歓声のなかを前を見据えて歩く姿が、それを物語っていた。
 再び机に向かい、ゲラに視線を落とす。直す部分を書き込もうとすると、緑色のボールペンのインクがかすれてきてしまった。
 本になる前のゲラには、さまざまな色の文字が書き込まれている。校閲担当者の指摘は赤いボールペンで書かれる。編集担当者の疑問などは鉛筆で書き込まれることが多いから黒い。それと区別するために、僕は緑色のボールペンで書き込むことにしている。
 駅前の文具店に自転車を走らせた。見逃してしまいそうな小さな店だが、店内にはさまざまな文具がぎっしり詰まっている。かわいい文具は少ない。
 この店が気に入っているのは、ほしい文具がなくてもすぐとり寄せてくれるからだ。店を切り盛るのは高齢のおばあさんだ。
 僕がほしいのは緑色のボールペンの替え芯だった。おばあさんは、差し出した4色ボールペンを開け、虫眼鏡を手に品番をチェックする。
「う~ん。緑色は欠品ですね。とり寄せますか。少し太いサイズならありますけど」
 すぐに使いたいので、その少し太いサイズにした。81円──。
「太いけど、この方が感触が柔らかいから、すらすら書ける気分で好きって人もいますから」
 そういっておばあさんは少し頬を緩めた。
 自宅に帰り、ゲラに緑色のペンで書き込んでいく。たしかに書き心地が軽い。なんだか幸せな気分になる。
 大谷翔平の世界に比べれば、あまりに小さな幸せかもしれないが、僕はどこか満たされた気分でゲラに向かう。
 彼の通訳が賭博に染まっていた事実が飛び込んでくるのはそれから数日後のことだ。
 次々に届く続報を耳にしながら、大谷翔平という選手を少し身近に感じられるようになった。人生にはいろんなことがある。それを支えるのは大きな幸せではない。日々の小さな幸せ……。
 この本は花巻にあるマルカンビル大食堂からはじまる。日本に残ったデパートの大食堂だ。花巻東高校に通っていた大谷翔平もここに行ったはずだ。そこには高校生の彼の小さな幸せがあった気がする。トークイベントはそんな話からはじめようか。

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Posted by 下川裕治 at 11:55│Comments(0)
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