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ナムジャイブログ

2024年08月05日

国軍という武装組織

 まだバンコクにいる。「歩くバンコク」の編集作業の悪戦苦闘の日々である。8月3日の夜、パソコンに向かい、店の紹介原稿のチェックをしていると、ひとつのニュースが飛び込んできた。
 ラーショー陥落。
 つい、キーボードを打つ手が止まってしまった。
 ラーショーはミャンマー北部。シャン州の街だ。歴史を背負った街でもある。第2次大戦中、この街は援蒋ルートの拠点だった。日中戦争のなか、連合軍は中国の蒋介石が率いる国民党にインドから武器や物資を送り込もうとする。物資はラーショーに集められた。
 日本軍のビルマ(ミャンマー)侵攻の目的のひとつは、この援蒋ルートを断ち切ることでもあった。
 ベトナム戦争時代は、ゴールデントライアングルを支えた街でもあった。アヘン王と呼ばれたクンサーやローシーハンはこの街に家をもっていた。
 好きな街だった。山に囲まれた盆地に街は広がっている。石畳の道の周囲には木造の3階建て、4階建ての家が並んでいた。あれは10年ほど前に訪ねたときだったろうか。朝、雨季の雨があがった。街の上に雲が止まり、その上に囲む山が見えた。
 タイのメーサイからタチレクに入り、そこから飛行機で何回かラーショーを訪ねた。ラーショーの駅からマンダレーに向かう列車に乗ることが多かった。
 ミャンマーの国軍に対し、シャン州の民族軍が反旗を翻した。それが昨年の10月27日のことだ。その後、停戦時期もあったが、民族軍は優勢に戦いを進めた。ここ1ヵ月、ラーショーでは激しい戦闘が繰り広げられた。鉄道駅、空港……次々に民族軍が占拠し、国軍は基地を放棄し、ラーショーは陥落した。基地から白旗を揚げて出てきた兵士たちの大半は、国軍に無理やり徴兵された新兵だったという。
 クーデター以来、国軍の弾圧のなかで多くの犠牲者が出ている。しかし国際社会からは大きな声はあがっていない。ウクライナやパレスチナと違うからだ。支配を目的に他国を攻めているわけではない。国際社会はそう説明しているが、これまで大国は何回も介入している。ベトナム戦争にアメリカは深くかかわった。そこには民主主義を守るという大儀があった。
 しかしミャンマーの戦闘には大儀がない。
 クーデターが起きたとき、ミャンマー人の知人とこんな話をした。
「ミャンマーの国軍には国とか国民を守るという意識が薄いでしょ」
 とミャンマー人に訊くと、
「薄いんじゃなくて、ないんです。昔から。国軍という最も大きな武装組織があるということです。国を守る軍隊というふりをしているだけです」
 国は国民を守る軍をもつ。それが国家というものだ。しかしミャンマーの国軍は、自分たちの勢力をのばすために国家という枠組みを利用しているのにすぎない。
 オリンピックという、国家が前面に出るイベントの最中だけに、この問題は浮きたってきてしまう。
 7月末、タイ政府はパスポートをもっていないミャンマー人11万人以上を逮捕したと発表した。ミャンマーからではなく、国軍から逃げてきた人たちだ。タイ政府は強制送還の方針だという。仮に強制送還になれば、彼らは国軍に入れられ、前線に送られる。

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Posted by 下川裕治 at 13:18│Comments(0)
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