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ナムジャイブログ

2011年08月15日

高円寺のガード下から鶴見へ

 先週末、知人に連れられて、韓国風居酒屋に入った。東京の高円寺のガード下にある店だった。料理が1品500円もしない安い店だった。そこで何人かが頼んでいるのが、小ぶりの真鍮製やかんに入ったマッコリだった。
 店内はまさにソウルの下町だった。
 このマッコリの入ったやかんに出会ったのは、数年間のソウルだった。案内してくれたソウルっ子は、韓国風日本料理の店といったが、入ってみると、安めの民俗料理屋の趣だった。韓国のこの種の店には、宮廷料理系と庶民料理系があるように思う。庶民系になると、日本料理の韓国風が顔をのぞかせる。そんな店でこのやかんに出合った。韓国人にとってのレトロは、日本人にとってもレトロだった。
 そのやかんが、再び日本にお目見えしたわけだ。かつて日本から韓国に渡った真鍮製やかんは、日本に再上陸ということだろうか。そのやかんから注ぐマッコリは、どこか複雑な味でもある。
 それから2日後、横浜の鶴見にある南米料理屋に出かけた。
 鶴見の潮田という一画は、かつて沖縄タウンとして知られていた。戦前には600軒もの沖縄料理屋があったという。
 いま、東京のなかの沖縄料理屋はもう数えきれないほど多い。中野や高円寺がその中心だろうか。鶴見の沖縄タウンは廃れていく一方だが、そこに南米料理屋が店を開きはじめていた。メニューに並ぶのはボリビア料理が多いのだが。
 なぜ、鶴見に南米の料理店……? 彼らは沖縄から南米に渡った移民の2世、3世たちだった。戦前から戦後にかけ、多くの沖縄人が南米に渡った。ブラジルのコーヒー農場での過酷な労働が待っていたが、そのうちの一部は自立していく。そして沖縄の人々の一部はボリビアに移り、農場を経営していく。
 その後、日本の経済成長が進み、2世、3世のなかには、仕事を求めて日本に戻ってくる人が出てくる。彼らが縁のあった鶴見に南米の料理店を開いていくのだ。しかし皆、血は沖縄だから、南米の料理もあるが、沖縄そばもあるという、不思議な店が生まれていた。
 面白い店だった。スペイン語のメニューに沖縄料理が混じっている。テーブルを埋める客も鶴見ならではだった。キセツと沖縄の人が呼ぶ出稼ぎの若者が沖縄そばを啜っている。その隣のテーブルでは、南米人の家族が、インカコーラを飲みながら、南米の料理を食べているのだ。
 震災、そして電力不足に円高が加わり、日本の産業界の空洞化が加速している。経済を活性化するためには、外国人の労働者を受け入れるしかない──という動きの前に、日本の純血主義が立ちはだかる。
 しかし高円寺のガード下で懐かしい真鍮製のやかんでマッコリを飲み、南米から戻った移民2世、3世がつくる南米や沖縄料理を口にすると、いったいこの国のどこが純血なのかと思えてくる。日本も人の流動化のなかにいるのだ……と。



Posted by 下川裕治 at 12:46│Comments(0)
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