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ナムジャイブログ

2012年12月24日

死なせてくれないチェンマイ

 本が出版されると、多くの人からメールをもらう。読んでくれた感想を送ってきてくれるのだ。辛辣なものもあれば、励ましになるものもある。ときに雑誌やテレビからの問い合わせもある。
『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)が発売されている。アジアで「ほどほど」の人生をみつけた人たちの物語だ。
 このなかで、チェンマイでホームレスとして生きる日本人の話が出ている。これは僕の文章ではなく、本人がノートにまとめたものを抜粋したものだ。わかりづらい部分は若干書き直してはいるが、あまり手を加えず、特別編として本の最後に収録した。
 この内容というか、この男に反応している知人が多い。
「身につまされる」
 という人もいる。ある人はこうもいう。
「辛い話なんだけど、つい笑っちゃうんだよね。高血圧に悩んでいたというのに、ホームレスになって痩せて治っちゃったとか。万引きで捕まって、これで楽になれると思ったのに、警察が釈放してしまうとか。不思議なリアリティがあるんです。きっと、これが人生なんでしょうね」
 思い詰めて日本を離れる。アジアでの死を覚悟して渡るのだが、アジアというエリアはなかなか死なせてくれないのだ。
 以前、チェンマイでヤクザと酒を飲んだことがある。彼は30万円ほどの金のとりたてにきていたのだが、よく訊くと鬱だった。
「日本にいても、気がつくと山のなかを歩いていることがあるんです」
 組も彼の行く末が気になったのだろう。とりたてという名目はつくったが、つまりは休暇だった。
「チェンマイでしばらく休んでこい」
 組長はそう判断したのかもしれない。
 病魔というものは平等だ。善良な市民にも極悪人にも、分け隔てなく襲ってくる。ヤクザも鬱にかかるのだ。
 鬱という病は厄介で、いつも死と寄り添うようなところがある。彼も何回か、日本で死を考えていた。
 チェンマイという土地が、彼を救ってくれるわけではない。しかし、この街は死なせてくれない……という諦めに似た安堵がある。それにすがっているだけのような気がしないでもない。
 ホームレスの男が書き記したノートにも、何回も自ら命を絶つ記述が出てくる。そもそもこのノートが遺書だという。しかしその文章を、ノートに記す心理の前で僕は立ち止まってしまう。
 死はあっけないが、人は簡単に死ぬことはできない。


Posted by 下川裕治 at 12:53│Comments(5)
この記事へのコメント
 下川裕治さんのアジア本は完読しております。いつも現地の情報・実状を教えていただき、ありがとうございます。
 既刊「日本を降りる若者たち」も「生き場を探す日本人」はじめ、本書の中の登場人物もそうですが、人間は何らかのキッカケで人生の転機が訪れることになるのですね。
 だけど、その転機は自分で決断・実行しなければなりません。幸か不幸か、どちらになるのかわかりませんが。
 私もいつか決断しなければ・・・
Posted by toshi at 2012年12月24日 20:59
『「生きづらい日本人」を捨てる』は今までの下川さんの著作に中で一番好きです。
チェンマイのホームレスの話はショッキングであると同時に身につまされました。
私は46歳です。27歳で会社を辞めて30歳までバックパッカーの旅をした経験があります。当時、中東やアジアでは日本は憧れの対象で、何かを得ようと言い寄って来る連中に鬱陶しさを感じながらも、どこか誇らしい気持ちを持って旅をしました。
それが、今は変わってしまいました。変わりつつあると言う方が正確でしょうか。
現在も、サラリーマンの傍ら家族でバックパッカーの旅を続けていますが、「豊かな日本人」から気持ちのシフトチェンジがなかなか出来ないでいます。
それでも、厳しい日本社会から逃げるように、アジアを訪れることは止められそうにありません。
自分が、登場人物になってしまったかのような錯覚に陥りながら、読み終えました。
ありがとうございます。
Posted by 青木慶太 at 2012年12月24日 23:13
下川様
年始明け、チェンマイに行ってきます。
Posted by tani at 2012年12月25日 01:54
死とは究極の快楽であり、一神教では自殺や諸々を禁止しているのも、人が(特に男が)快楽に耽ると必ず死という選択肢を選んでしまう生き物であるという事を防ぐためであろう。日本社会の風通しの悪さ、その中で必死に頑張れと追い込む周囲の環境は、景気が良い時は快楽そのものであるが、今の様に役人独りが勝ちの状況では鬱に追い込む逆効果になりうる。
Posted by 政治発酵 at 2012年12月25日 18:15
下川さん
先ほどは安曇野市民マラソンお疲れ様でした。

開会式前にお声をかけさせていただいた竹村と申します。

でもホントびっくりしました。
まさか下川さんがいらっしゃるとは・・・

私はヨーロッパ主体でアジアは行ったことありません。
でも下川さんの本(7冊持っております)を繰り返し読んで旅気分に浸っております。
現在も通勤電車内で「最悪の鉄道旅行」を読んでいる(4回目)最中です。

これからもぜひぜひ旅行記を続けて旅気分を満喫させてください。

マラソンでは家族そろって惨敗でしたが、下川さんに偶然お会いできたことは私にとっては嬉しい新年の始まりです。
Posted by 竹村俊彦 at 2013年01月01日 12:35
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