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ナムジャイブログ

2023年07月10日

ネット社会が強いる労力

 先日、発売になった『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)のトークイベントがあった。その前日、主催する東京の西荻窪の「旅の本屋のまど」からこんなメールが届いた。
「イベントに参加される方から、『コロナ禍を旅する』を買いたいっていう連絡がきたんですが。下川さんのところに在庫がありますか?」
 悩んでしまった。『コロナ禍を旅する』という本はkindleから発売していた。コロナ禍のなか、規制に振りまわされながらの旅行記である。タイ編、エジプト・エチオピア編、世界一周編が刊行されていた。電子版と紙に印刷されたペーパーバックがある。しかし一般の書籍とは発想が違った。購入はすべてインターネットを通す。ペーパーバックは、ネットで注文すると、翌日の夕方には印刷・製本された本が届くスタイル。注文は1冊からできるオンデマンド出版といわれるもので、在庫は一切ないというコンセプトだった。
 そこで在庫がありますか……といわれても対応できない。
 しかし考えてみれば、インターネットで本を買ったことがない人や買いたくない人もいる。そういう人はどうしたらいいのか、といわれるとまた困る。
 しかし筆者としたら、なんとか読んでほしいという思いがある。
 幸い、自分用に買っておいた『コロナ禍を旅する』の世界一周編が4冊、やはりkindleで発売した『歩くアンコールワット』が1冊あった。それをイベント会場にもっていくことにした。
 イベントの後、サイン会がある。そのとき本を売るのだが、2種類の本5冊はあっという間に売れてしまった。
 そしてその場で、さらなる注文も入ってきた。目の前にいる読者は、おそらくネットでは買いたくない人たちなのだ。そんな人たちに、ネットでしか販売していないんです、とはいいにくい。
「どういうことだろうか」
 今後もオーダーが入ってくる可能性は高かった。「旅の本屋のまど」の方と話し合った結果、ある程度の部数を僕が用意することになった。3冊ある『コロナ禍を旅する』と『歩くアンコールワット』は常時、「旅の本屋のまど」で置かれることになった。
 しかし問題が消えたわけではない。インターネットを軸にした販売システムができあがれば、これまで書籍が流通面で抱えていた問題は解決するという青写真には、インターネットで本を購入しない人や購入したくない人の存在が抜けていた。ネットでさまざまなものは買っても、本だけは買わないという意志が働くこともある。そういう内実がわからないままに、本の発行が進んでしまう。
 日本のマイナンバーカードの混乱に似ていた。90歳を超える僕の母親は、一応、マイナンバーカードをつくったが、その必要性をまったく感じていない。暗証番号も決めたが、それがどのような使われ方をするのかわかろうともしない。つまりマイナンバーカードはつくったが……という世界なのだ。
 僕は比較的早くマイナンバーカードをつくった。自分からすすんでつくったわけではない。僕はバングラデシュなどへの海外に送金することがあるが、あるとき、唐突にマイナンバーカードが義務づけられてしまった。マイナンバーカードを登録しないと、送金ができなくなってしまったのだ。その強引さは不快だったが、いまのマイナンバーカードの混乱にも同じものが潜んでいる。マイナンバーカードにさまざまな用途を紐づけていく発想の根拠は、発行枚数に裏打ちされているのかもしれないが、ネットで本を買う人の数がわからないように、マイナンバーカードをどう使うつもりなのか……カートを手にした人たちの意図や内実がわからない。
 ネットを通した本の販売にしても、紙の本を読者に届けようとすると、関係者に労力を強いる。マイナンバーカードも同様だろう。ネット社会に舵を切るということは、その労力も想定しなくてはならない。無視するなら話は違うが、行政のサービスである。ネット社会が強いる労力……それは膨大だ。

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Posted by 下川裕治 at 12:57│Comments(0)
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