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ナムジャイブログ

2023年02月27日

「水通」だと自認している

 信州の安曇野でこの原稿を書いている。僕の実家である。家には90歳を超える母親がひとりで暮らしている。
 彼女の不安材料はいくつもある。足腰が弱ってきているから、身のまわりの世話をどうするか。さらには施設の問題……。誰もが抱える介護の現実を、安曇野に帰るたびに突きつけられてしまう。
 しかし今回はひとつ、訪ねるところがあった。安曇野の湧水である。2月末までに、1冊の本を書きあげなくてはならない。本1冊の文字量は、400字詰めの原稿用紙で200枚から300枚といったところだ。まだ150枚ほどしか仕あがっていない。追い詰められているのだが、そのなかのテーマに安曇野の湧水があった。その写真も必要だった。このタイミングで写真を撮るしかないのだが、原稿のほうは……。
 月末には編集者が、しっかりとメールで催促してくるだろう。そのときはどう答えたらいいのか。それを考える暇があったら、原稿を書きなさい……。編集者は心のなかでそう思っている。
 ネットで安曇野の湧水ポイントを調べて訪ねてみた。JR大糸線の柏矢町という駅で降りて15分ほど歩くと、「名水百選 安曇野わさび田湧水群」という看板があり、その奥に小さな池があった。この一帯は湧水地点が多くある。実際は松本から安曇野にかけて、数えきれないほどの湧水ポイントがあるのだが、ここの一帯は、わさび栽培にその水を利用していることから有名になった。
 最も有名で観光客が多いのは、少し先にある「大王わさび農場」である。ちょっとそこは避けたかったので、柏矢町という小さな駅に近いわさび田にした。
 安曇野の農家が並ぶ集落の近くに、その湧水ポイントはあった。誰もいなかった。2月の信州の春はまだ浅い。雪も残っている。観光客がやってくるのは3月、いや4月ぐらいからだろうか。
 わさび田の小さな池をじっと眺める。ときどき水泡があがる。北アルプスに降った雪が解け、伏流水になって流れくだり、このあたりで湧出する。それが水泡でわかる。優しい軟水である。
 本当はいけないのだろうが、その湧水を掬って口に含んでみた。
 あの感覚が蘇ってくる。
 それはいい感覚ではない。悪寒に近い。しかしその水に僕の体が答えていることがわかる。DNAが反応しているのだ。
 松本や安曇野で育ったが、飲んでいたのは水道水である。しかしその水道水はこの一帯を流れる水を浄化している。つまりベースにあるのは伏流水なのだ。その因子は体のなかにしっかり刷り込まれている。
 僕は食通ではないが、「水通」だと思っている。正確にいうと、飲んだ水のルーツが伏流水かどうか……を識別することができる。利き酒ならぬ利き伏流水……。僕の数少ない特技である。
 海外を紹介するガイドブックには、だいたい現地の水道水は飲んではいけない、と書かれている。僕はその注意を信じていない。自分で水を識別できるからだ。たとえばタイ。バンコクの水道水は飲まないが、チェンマイの水道水は飲む。インド北部の水も大丈夫。シルクロードの天山北路のオアシス都市の水道水も安定感がある。
 人間、ひとつぐらいは特技があるものだ。

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Posted by 下川裕治 at 16:40Comments(0)

2023年02月20日

収容所には貧困が寄り添っている

 フィリピンの入国管理施設に収容されていた特殊詐欺グループ事件が、いまだに日本をにぎわせている。彼らは収容所内から指示を出していた可能性が高い。日本人からすれば、「そんなことができるのか」といった感覚が、事件への関心を膨らませている。
 僕の周りには、フィリピンや不法滞在をめぐる取材をしてきた知人が多い。彼らの署名記事を目にすることが多くなった。
 かくいう僕も記事を書いた。たまたま、去年、カンボジアの施設に収容されていた人から話を聞くことができた。
 日本人のなかには、収容所と刑務所を混同している人がいるが、収容所というのは本来、強制送還前に一時的に収容する場所。なかにいるのは不法滞在や観光ビザで働いていたなどといった人たちが多い。たしかに法律違反だが、窃盗や殺人といった犯罪とは違う。
 昨夜も収容所の取材をつづけていた記者と会ったが、彼も僕と共通した思いを抱いていた。収容所が抱えるいちばんの問題は、今回のような詐欺グループの存在ではない。強制送還させられたら路頭に迷ってしまうような人が多く収容されていることだ。そこには貧困が横たわっている。
 たとえば家族や親戚との関係を断ってしまい、帰国しても行き場がない人たち。病気などで仕事ができない人。あるいは難民……。皆、さまざまな問題を抱えている。本来、そういう人たちを想定した施設ではないため、綻びがでてくる。日本の入国管理施設も同様だ。
 フィリピンで取材をしてきた知人のひとりがこんな話をしていた。
「日本の警察の圧力がフィリピンに及んでくることを彼らはわかっていたと思う。その前に収容所、いやフィリピンから脱出しようとしていた動きがあるんです。強制送還になれば逮捕されますからね。そのためにはかなりの金がいる。振り込め詐欺から強盗にエスカレートさせていったのは、そのためじゃないかと」
 彼らの行動を見ると、ひと時代前のフィリピンを思い出す。カラオケクラブなどで派手に遊んでいた話を見聞きすると、20年前、フィリピンにでかけていったヤクザとだぶってしまう。しかしヤクザも進化する。フロント企業はなかなか表に出てこない。しかし今回のグループは、まるでフィリピン暮らしを謳歌するかのような振る舞いなのだ。目立てば当然、日本の警察に情報は伝わる。
 フィリピンに詳しい記者も同じ感想を抱いていた。今回の詐欺グループの行動は、はかなり甘い……。知人のひとりがこんな話をしてくれた。
「闇バイトの募集がこんなにうまくいくとは思っていなかった節があるんです。ネットで募集すると、さっと集まる。日本はどうなってるんだ、とひとりが漏らしていたっていう噂もある」
 彼らはどのくらい日本に帰っていないかわからないが、少なくとも2019年の大規模な摘発以降は日本に帰ることはできなかった。その間に、日本の貧困はさらに深みにはまっていったのか。彼らの犯罪を、日本の貧困が拡大させていったと見ることもできる。
 収容所の周りにはいつも貧困が寄り添っているということか。


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Posted by 下川裕治 at 11:22Comments(0)

2023年02月13日

連れ込み宿で生きのびたか

 タイのバンコクから台北経由で帰国した。途中の台北で1泊した。台北は3年ぶりだ。街は変わったのか……興味はあったが、泊まった理由は違う。単純に台北から東京まで乗り継ぐ飛行機の席がなかったのだ。
 台北と東京を結ぶ飛行機はかなり混んでいる。乗客の大半は台湾の人たちだ。
 いまの飛行機のエコノミー席は、いくつかのクラスにわかれている。たとえば全日空のエコノミー席は、Y、B、M、Uなど16ものクラスがある。サブクラスと呼ばれるものだ。それぞれ条件やマイルの加算率が違う。もちろん料金も違う。飛行機の席を予約するときに、「満席」といわれることがあるが、それはエコノミー席すべてが埋まっているわけではない。あるサブクラスが満席という意味なのだ。だから「満席」といわれた便にも席は残っている。
 しかし台北と東京を結ぶ便は本当の満席がつづいているらしい。エコノミー往復で10万円近い運賃を払った人もいるのかもしれない。
 いまの日本の海外との行き来は、一方通行状態がつづいている。海外から観光客が日本に押し寄せ、日本人は海外に行かずにこもっている。海外の物価の高さ、日本円の価値の低さに、新型コロナウイルスへの心配。それらがないまぜになって、日本人の腰を重くしている。
 さて台北。去年の12月、3年ぶりにソウルを訪ねたときはずいぶん戸惑った。3年前の感覚が戻ってこないのだ。物価もかなりあがっているような気がした。極めつきは宿だった。いつもソウル駅近くの、いまはモーテルと呼ばれる温泉マークの宿に泊まっていたのだが、その種の宿がことごとく閉鎖されていた。記憶を頼りに6軒の宿をまわったが、どこもドアにはワイヤーやチェーンが巻かれていた。
「これがポストコロナか……」
 マイナス15度の寒さのなかで、天を仰ぐしかなかった。
 しかし台北はスムーズだった。空港から台北駅までの電車も変わっていなかった。運賃は150元。以前もこの運賃だった気がする。
 台北でいつも泊まっていたのは駅前の宿だった。コロナ禍前、台北駅の周辺の宿は再開発の波に洗われ、建て替えが進んでいた。そのなかで生きのびていた獅城旅館だった。この宿が閉鎖されていたら、新たな宿を探さなくてはならない。
 不安を胸に宿に向かう。ビルの5階。もともとフロントがない宿で、宿を切り盛りするおばちゃんの部屋に声をかける。
「部屋、ありますか」
「ありますよ。今日はちょっと高くて1000元だけど」
 その答え方も3年前と同じだった。一時900元ということもあったが、だいたい1000元。探せばもっと安い宿があることはわかっているが、昔ながらの駅前旅館風情が気に入っていた。
 獅城旅館はコロナ禍もしっかり生きのびていた。この宿で変わったこと。それは中国語にインドネシア語が併記されたことだった。コロナ禍前からそうだったのだが、ここは出稼ぎで工場などで働くインドネシア人カップルが、ご休憩によく使っていた。
 そうか。僕の常宿は、コロナ禍を連れ込み宿で生き延びたか……。
 妙に納得してしまった。それが台北という街なのだろう。

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Posted by 下川裕治 at 14:45Comments(0)

2023年02月06日

ネット社会が利用される?

 タイで話題になっている台湾人の女優の告発は、タイ社会というか、袖の下というものへの反応を含めて考えさせられる。
 2月1日、台湾人女優、シャーリーン・アンさんらが乗るタクシーが、警官の検問を受けた。そこで電子タバコ3本をもっていたことが発覚。パスポートももっていなかった。警官から留置所2泊といわれ、2万7000バーツ、約10万8000円を払った。その後、シャーリーン・アンさんは、この件を、「もう2度とタイに行かない」という一文を添えてSNSで告発した。
 僕はいま、バンコクでこの原稿を書いている。台湾人女優の告発をどう考える? 何人かのタイ人の知人が電話をかけてくる。ひとりはこういった。
「政治に利用されてるってことだよ。この話題を操っているのはチュウィットだろ。次の選挙がらみだよ」
 チュウィットは元下院議員。タイの裏社会を知る人物ともいわれ、中国に絡んだ汚職の告発など、なにかと話題を振りまいている。
 この告発に対して、タイの警察は思わぬ反応に出た。シャリーン・アンさんが払った金額は警官が強要したものとし、かかわった警官6人を収賄としたのだ。
 この警察の対応に、60歳になったタイ人の知人は首を傾げる。タイには電子タバコを禁ずる法律があり、懲役10年か罰金50万バーツ、約200万円と決められている。
「警官はちゃんと捕まえることもできた。ただそうすると、裁判など大変だから、その場で処理する。これはタイではよくあること。たしかに賄賂だが、賄賂は社会の潤滑油みたいな役割もある。いまの若い人は、そういう社会のからくりのようなものがわからずに、インターネットで拡散させてしまう」
 たしかにタイではそういう面がある。そこには法律の整備、警察官の給与やモラルといった問題もあるが、賄賂でことが穏便に終わることは少なくない。
 シャリーン・アンさんは台湾人。検問を受けたなかにはシンガポール人もいた。アジア人だから、そのあたりは理解していたと思うが、タイ警察への不快感はそれを超えていたということか。
 シャリーン・アンさんの告発に最も反応したのは、タイのネットユーザーたちだった。タイの警察は叩けばいくらでも埃が出る存在だから、同調しやすい。匿名性のなかで反応していけば自分に火の粉はかからない。タイ人たちの不満やストレスを集めて、この一件はバズっていく。この構造はどこか、日本の自粛警察を思い出してしまう。その状況を、タイの政治家が巧みに利用したという構図も見えてくる。
「タイの警察も、この一件を利用しようとしてると思うな。タイの警察は、こういう案件にもしっかり反応するっていう印象への演出っていうのかな。ポストコロナでなんとか観光客を戻したいタイ政府の指示があるのかもしれないね」
 そう読むタイ人もいる。
 広がるネット社会が利用される……。バンコクの路上で悩んでしまう。

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