2024年08月13日
旅の途中で浮かぶ言葉
「歩いても、歩いても、熊野古道である。」
先週、発売になった『日本ときどきアジア古道歩き』(光文社知恵の森文庫)の書き出しである。この文言は、熊野古道を歩いているとき思いついた。書き出しとしての評価は別にして、熊野古道歩きはまさにそんな感じだった。熊野古道は、大辺路、中辺路、小辺路という道がある。そのなかでいちばん短い小辺路を歩いたのだが、それでも約36キロもある。2日間かけて歩いたが、途中で飽きがくるほど長い。
本を書くために古道を歩いた。常にどう書こうかと思案しながら歩いているわけではないが、頭のどこかで本のことは考えているわけだから、ぽッと言葉が浮かんでくることがある。急いでその一文をノートに書き記す。なんだか本を一冊書きあげたような錯覚に陥り、気分が少し楽になる。
旅をつづけながら言葉を探している。僕の旅はいつしかそうなってしまった。
自分にとってしっくりくる言葉がみつかったとき、いい文章にまとまるような気になってしまう。実際に原稿にする段になると、そうもいかないのだが。
旅の途中でみつけた言葉はいくつも覚えている。
『12万円で世界を歩く』という本が、僕の実質的なデビュー作だが、「北京発ベルリン行き列車、28日間世界一周」の章は、
「列車は吹雪をまとっていた。」
という一文ではじまっている。「ついにニューヨーク到達。アメリカ大陸、1万2200キロ」の章は、
「豊かさが沁みた。」
という書き出しだ。どの言葉も、頭のなかに浮かんできた瞬間を覚えている。
原稿を書いて収入を得るという視点で眺めると、旅行作家という分野は効率がひどく悪い。旅に出ている間、原稿を書くことができないからだ。新聞社を辞め、フリーランスになったとき、先輩からこういわれたものだった。
「間違っても旅を書くライターにはならないこと。取材効率が悪いからね」
その間違っても……という世界に足を踏み入れてしまった。そのデビュー作である。僕はなんとか効率を高めようと、書きはじめの一文を探しながら旅をつづけたのかもしれない。その癖がついてしまったのだろうか。
コロナ禍は旅行作家の息の根を止めるような状況をつくった。僕はそれに反発するように、PCR検査を受け、隔離を受け入れて旅をした。そのときの旅はネットの世界などで発表しているが、旅の途中、原稿の書きはじめの一文はひとつも浮かんでこなかった。やはりコロナ禍の旅は、さまざまなチェックに翻弄され、言葉をみつける余裕もなかったのだろう。
しかし古道を歩く旅では、その途中でいくつかの言葉が浮かんできた。やはり旅が戻ってきたということなのだろう。
この本には沖縄の古道やアンコールワットの古道などが収録されている。沖縄古道の書きはじめは、こんな一文にした。
「島の古道は船の航路である。」
鹿児島を発ち、沖縄本島に向かう船が、沖永良部島の和泊港を出航したときに浮かんだ言葉だ。
■YouTube 「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
先週、発売になった『日本ときどきアジア古道歩き』(光文社知恵の森文庫)の書き出しである。この文言は、熊野古道を歩いているとき思いついた。書き出しとしての評価は別にして、熊野古道歩きはまさにそんな感じだった。熊野古道は、大辺路、中辺路、小辺路という道がある。そのなかでいちばん短い小辺路を歩いたのだが、それでも約36キロもある。2日間かけて歩いたが、途中で飽きがくるほど長い。
本を書くために古道を歩いた。常にどう書こうかと思案しながら歩いているわけではないが、頭のどこかで本のことは考えているわけだから、ぽッと言葉が浮かんでくることがある。急いでその一文をノートに書き記す。なんだか本を一冊書きあげたような錯覚に陥り、気分が少し楽になる。
旅をつづけながら言葉を探している。僕の旅はいつしかそうなってしまった。
自分にとってしっくりくる言葉がみつかったとき、いい文章にまとまるような気になってしまう。実際に原稿にする段になると、そうもいかないのだが。
旅の途中でみつけた言葉はいくつも覚えている。
『12万円で世界を歩く』という本が、僕の実質的なデビュー作だが、「北京発ベルリン行き列車、28日間世界一周」の章は、
「列車は吹雪をまとっていた。」
という一文ではじまっている。「ついにニューヨーク到達。アメリカ大陸、1万2200キロ」の章は、
「豊かさが沁みた。」
という書き出しだ。どの言葉も、頭のなかに浮かんできた瞬間を覚えている。
原稿を書いて収入を得るという視点で眺めると、旅行作家という分野は効率がひどく悪い。旅に出ている間、原稿を書くことができないからだ。新聞社を辞め、フリーランスになったとき、先輩からこういわれたものだった。
「間違っても旅を書くライターにはならないこと。取材効率が悪いからね」
その間違っても……という世界に足を踏み入れてしまった。そのデビュー作である。僕はなんとか効率を高めようと、書きはじめの一文を探しながら旅をつづけたのかもしれない。その癖がついてしまったのだろうか。
コロナ禍は旅行作家の息の根を止めるような状況をつくった。僕はそれに反発するように、PCR検査を受け、隔離を受け入れて旅をした。そのときの旅はネットの世界などで発表しているが、旅の途中、原稿の書きはじめの一文はひとつも浮かんでこなかった。やはりコロナ禍の旅は、さまざまなチェックに翻弄され、言葉をみつける余裕もなかったのだろう。
しかし古道を歩く旅では、その途中でいくつかの言葉が浮かんできた。やはり旅が戻ってきたということなのだろう。
この本には沖縄の古道やアンコールワットの古道などが収録されている。沖縄古道の書きはじめは、こんな一文にした。
「島の古道は船の航路である。」
鹿児島を発ち、沖縄本島に向かう船が、沖永良部島の和泊港を出航したときに浮かんだ言葉だ。
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Posted by 下川裕治 at 13:30│Comments(0)
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