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ナムジャイブログ

2024年11月18日

食が満たされた時代の免罪符

 2021年に発表されたひとつの研究結果が徐々に認知されはじめている。人間の基礎代謝は、20歳台半から60歳台まで変わらないというものだ。
 今年の1月にはじめて耳にしたとき、また不確かなダイエット理論の話かと思ったが、調べてみると80人以上の科学者がかかわった本格的な研究だった。
 そのとき、タンザニアの北部に広がるサバンナで、いまだ狩猟生活をおくるハヅァ族のデータも見た。彼らは獲物を探し、昼間はいつも歩き、走りまわっている。その行動を現代風にいうと、1日にランニング2時間、ウォーキング数時間といった運動量になるらしい。そんな彼らの基礎代謝と活動代謝を調べると、運動をなにもしない人の代謝と大差はなかった。活動代謝というのは、運動だけでなく、部屋のなかを歩いたり、デスクに座ったり……といった行為で消費されるエネルギーだ。
 この結果を考えてみる。ダイエットを目的とした運動はあまり効果がないという結論に辿りついてしまう。
 この種の一連の研究が気になったのは、少なからずダイエットの世界に足を踏み込んだ経験があるからだ。僕は旅行作家ということになっているが、はじめて世に出た本は『賢くやせる』というダイエット本である。
 賢くやせる──。ポイントは基礎代謝だと僕はその本で書いている。中年になって太るのは、代謝量が落ちても、食事の量が減らないから、その差し引きで余ったカロリーが肥満に結びつくという展開だ。そこから代謝量をあげることが、「賢くやせる」最良の方法だ……という話に結びつく。
 当時は専門家も含めて、多くの人がそう信じていた。「やせの大食い」は代謝量が多いからだと。
 そういった代謝量の理論をベースにしたビジネスが次々に生まれる。フィットネスジムやスポーツジムはその寵児である。それは日本だけでなく、全世界に共通する。いったいどれほどのダイエットを目的としたジムが世界にはあるのだろうか。そのほとんどが、代謝量をあげることを目的にプログラムを組んでいた。
 しかし基礎代謝は60歳台まであがらず、運動をしても代謝量に大きな影響を与えないという研究結果……ダイエットビジネスの理論が足許から崩してしまう。
 業界は代謝に代わるダイエット理論を必死に探しているのかもしれないが、新理論は簡単にみつかるわけではない。
 この研究結果を眺めると、人間の体というものは実によくできているということを改めて思い知らされる。年齢や運動を考慮しながら、代謝量を一定に保つ仕組みになっているのだ。おそらく代謝量が激しく変わるとさまざまな弊害が体に起きてしまうのではないかと思う。この適応力が人類を繁栄させたのかもしれない。
 科学的根拠のないまま、感覚的な経験則で人はダイエット理論に走ったということだろうか。
 たとえば運動をして汗をかくとさっぱりする。体が軽くなったような気になる。ダイエット効果がありそうな気になる。トレーナーは、体の代謝とは紐づいていない単純なエネルギー消費量を伝えて、やせた気にさせる。
 人類はその頭脳を使い、カロリーが高く、おいしい食事を安定的に手に入れる世界をつくりだした。しかし代謝量が変わらないから当然、太る。それを抑える王道はカロリーを減らすことだが、食欲の前ではつらい。そこで運動を引っ張り出す。たくさん食べても、運動をすれば大丈夫という架空の論理は、食が満たされた時代の免罪符に映り、人々はそれに飛びつき、ダイエットビジネスは肥大化する。これがからくりのようにも思うのだ。やせるにはやはり食べ物しかないということか。

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Posted by 下川裕治 at 10:57│Comments(0)
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