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ナムジャイブログ

2024年11月11日

バンコクの道端魔術

 いつも使っている鞄が壊れてしまった。ファスナーを閉めても、うまくかみ合っていないのか、口が開いてきてしまう。
 このトラブルははじめてではない。この鞄は横にもサイドポケットがあり、そのファスナーが同じような状態になってしまった。そのときは、中野駅近くにあった修理屋にもち込んだ。修理に数日かかり、6000円もかかった。
 今回の場所はメインのファスナー。修復には時間も費用もかかるだろうと覚悟した。
 いまバンコクにいる。発売になった『歩くバンコク2025』のナナのページに、「なんでも修理おじさん」が紹介されていることを思い出した。道端に店を出している。靴の修理が本業のようだが、鞄なども直してくれるようだった。
 以前、こういった修理おじさんは日本にもいた。最近はすっかり見かけない。バンコクも同様だ。ナナのページで紹介されている修理おじさんは生き残りのような貴重な存在だった。
 バンコクに住んでいたとき、こんな修理おじさんの世話になったことがある。靴の修理だった。1日で直るといわれた。翌日、おじさんが座っていた場所にいったが、彼の姿がない。店を構えてるわけではないからどうすることもできなかった。当時は携帯電話もない時代だった。靴はその一足しかもっていなかった。毎日、サンダルをつっかけて通った記憶がある。三日後におじさんが現れ、直った靴を手にしたが。
 ダメ元のつもりでナナの修理おじさんのところに鞄をもち込んでみた。おじさんは顔色ひとつ変えずにこういった。
「ゴミをとって、金属部分を修理すれば直るよ。ロウも塗っておく」
「ロウ?」
「それでちゃんと閉まるようになる」
 おじさんは鞄を受けとると、ブラシでファスナーの溝などに詰まっていた小さなゴミをとり除き、小型ペンチで金属部分をなにやらいじっていた。そして、「これでよし」といった面もちで、ファスナー部分に黄色いロウソクをあて、丁寧に塗りこんでいった。以前に直したサイドポケットのファスナーにもロウを塗りこんでくれた。
「はい」
 鞄が返ってきた。10分ほどしかかからなかった。ファスナーを開け閉めしてみる。
「ほお……」
 完全に直っていた。
 あとで調べると、ファスナーを修理するとき、ロウを塗りこむことがネットでも紹介されていた。なんでも修理おしさんは、そういうことも知っていたのだ。
 料金は40バーツだった。日本円にすると180円ぐらいか。日本で修理に出していたら1万円ぐらいかかっていたのかもしれない。すごく得をした気分だった。
 だがファスナーはかなり弱っていて、また閉まらなくなってしまうかもしれない。本格的に直すなら、とり替えることになる気がするが、とりあえずは直ってしまった。バンコクの魔術でもある。
 バンコクは変わった。ナナの界隈にも、高いビルが次々に建っていく。しかし道端の歩道脇には、こんな修理おじさんが店を出してくれている。
 ちょっと気分が軽くなった。

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Posted by 下川裕治 at 12:29│Comments(0)
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