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ナムジャイブログ

2023年07月31日

うなぎの蒲焼が苦手になったわけ

 今日(7月30日)は、土用の丑の日だ。商店街には「うなぎ」の幟が揺れている。
 僕はうなぎの蒲焼を載せたうな重やうな丼があまり好きではない。自分からすすんで食べようとは思わない。
 しかし、うなぎの白焼きは絶品料理だと思う。白焼きというのは、開いたウナギを焼いただけの料理だ。これにたれをつけると蒲焼になる。白焼きの食べ方はシンプルで、醤油にわさびで食べる。
 新聞記者になり、静岡の支局に赴任した。歓迎会を静岡市内の小料理屋で開いてくれたが、その店のお通しが、生の「しらうお」だった。信州に生まれ育った身には、どこか別世界に来たような気がしたものだった。静岡支局の管轄には浜松も含まれていた。浜松といえば、うなぎである。先輩記者がうなぎの白焼きをご馳走してくれた。はじめて食べたその料理にちょっと感動した。
 ときどき浅草の寿司令和という店に行く。ミャンマー人が寿司を握る店だ。彼らが運営している事業にかかわっている。打ち合わせを兼ねることも多い。
 寿司令和のメニューに「うざく」がある。うなぎとキュウリの酢の物である。僕はよく注文する。
 そう考えると、僕はうなぎが嫌いなのではない。しかし蒲焼は敬遠してしまう。ということは、あのたれが苦手なのだ。甘さを嫌っているわけではない。たれを自慢する老舗には申し訳ないが、余計な味が舌に残ってしまう感覚がある。
 しかし、あまり得意ではないうなぎの蒲焼を2週間ぐらい食べつづけたことがあった。
 20年以上前の話だ。あの頃、日本には不法滞在のタイ人が多く暮らしていた。彼らは常磐線の土浦の手前にある荒川沖一帯にリトルバンコクといわれる歓楽街をつくっていた。タイ人ホステスを置くスナックを中心に、タイ料理屋、タイ人向けのマッサージ店やクラブ、送金屋、タイ食材店などが並ぶ世界だった。スナックの実態は売春だった。
 当時、僕は週刊誌に記事を書くことが多かった。リトルバンコクの記事を毎月のように書いていた。取材を手伝ってくれたのは、サーマーというタイ人だった。北関東の工場で数年働き、荒川沖のリトルバンコクに移ってきた男性だった。
 そんな僕に、テレビ朝日のニュースステーションからコーディネイターの仕事の依頼があった。サーマーに手伝ってもらってなんとかこなしたが、その番組が放映されてから1週間ほどして、リトルバンコクに警察の一斉捜査が入った。スナックの実態は売春で、その背後ではヤクザ組織につながっていた。警察が摘発に乗り出す理由は十分にあった。
 リトルバンコクのタイ人たちは、ニュースステーションの番組が摘発のきっかけになったと思い込んでしまった。
「俺、危ないよ。ヤクザにも追われるかもしれない」
 サーマーと彼と一緒に住んでいたタイ人ホステス3人が、僕の東京の家に一時避難することになった。女性たちは毎日、タイ料理をつくってくれた。家は朝から香辛料やニンニクのにおいが漂うことになる。サーマーは毎日、どこかにでかけ、帰りには必ず弁当屋でうな丼を買ってきた。
「俺がいちばん好きな日本料理がこれ。たれがかかったご飯は本当にうまい」
 3人のタイ人女性もうな丼が好きだった。うなぎの蒲焼がタイ人好みの味だとは知らなかった。
 僕は毎夜、うな丼に攻められた。タイ料理ともまったく合わない。
 うなぎの蒲焼が本当に苦手になったのは、あのときからか。

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2023年07月24日

アウトでもヒットと数えること

『旅する桃源郷』(産業編集センター刊)が発売になった。久しぶりに自賛できる本が書けた気がしている。しかしここが難しいところなのだが、僕が自賛したからといって、読者にその真意が届くとは限らない。本というものは僕の意図とは別の人格をもっている。本格とでもいったらいいだろうか。
 僕が自賛する理由は、きわめて個人的だ。この本を書きはじめたとき、桃源郷という言葉がもつイメージにこだわっていた。うっとりするような景色。優しい人々。穏やかに暮らすことができる長寿の里……。
 しかし原稿を書くうちに、僕が桃源郷だと思っている場所は、僕がそう思い込み、つくりあげてきたものだと気づいた。
 桃源郷とはつくりあげていくもの……。
 原稿のスタンスは大きく変わり、僕がその土地を桃源郷に仕立ててきた旅の日々を綴るようになっていった。筆は進んだ。悶々とした日々を脱出し、なんとか締め切りに間に合った。
 だから僕はこの本に自賛という言葉で評価する。しかしその一方で、読者のことを考える。左の目は自賛に傾いているが、右の眼は不安に怯えている。
 そんなとき、ひとりの野球選手の話を思い出す。すでに他界しているが、日本ではじめて安打製造機と呼ばれ、その技術は神の領域だったともいわれるプレーヤーだ。
 しかし野球選手には必ず肉体の衰えがついてまわる。やがて彼の打率もさがっていく。その時期、彼は独自の打率を計算していた。野球のヒットには運がついてまわる。仮にバットの芯でとらえた会心のあたりでも、たまたま野手の正面にボールが飛べばヒットにはならない。しかしそれを彼はヒットとカウントする。しかしあたりが悪くても、野手の間を抜いたり、テキサス性の高い安打が生まれることもある。しかしそれを彼はヒットとは考えない。彼は公式記録に残る打率とは別の自己流打率を数えるようになる。
 突き詰めた打撃術は、運や不運を許さなくなっていた。周囲には、「精神に変調をきたしたのでは」という人もいた。
 自著でいえば、実質的なデビュー作でもある『12万円で世界を歩く』を、僕は自賛しない。正直なところ、どこが面白いかという点で納得できないことが多い。人が評価するほど面白いとは思っていないのだ。それまでつづけてきた旅をそのまま実践し、それが本にまとまった。僕にしたら、日常的な旅行記の域を出ていない。
 しかしこの本は売れた。僕にとっての当たり前の旅が、読者には魅力的な旅に映ったのだろう。僕の旅が晒しもののようになったわけだが、それも運だと思う。しかし打撃の神ともいわれた野球選手の発想に重ねると、この本はヒットではない。
 自著を自賛するということは、野手の正面に飛んでアウトになった打球をヒットと数えることではないか。本というものは、読まれなければ評価の対象にもならない。そこでのヒットとはなんなのか。
 1冊の本の前で自問している。

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Posted by 下川裕治 at 11:17Comments(1)

2023年07月18日

【新刊プレゼント】旅する桃源郷

下川裕治の新刊発売に伴う、プレゼントのお知らせです。

【新刊】旅する桃源郷



下川裕治 (著)
旅する桃源郷

産業編集センター刊


◎ 本書の内容
今も精力的に世界を旅するベテラン旅行作家が、これまでの旅で出会った「桃源郷」を紹介。

ラオスのルアンパバーン、パキスタンのフンザ、ウズベキスタンのサマルカンド、日本の多良間島、チベットのラサ、そして著者の故郷である長野県安曇野。自分にとってそれらの地がなぜ桃源郷なのか、自らの人生を重ねながら、その理由を紡いだ珠玉の紀行エッセイ集。

旅の桃源郷は人によって違うが、そこに至るプロセスは酷似している。それぞれの桃源郷をみつけてほしい——と著者は読者に問いかける。忘れかけていた旅の魅力と力を改めて思い起こさせてくれる一冊。


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新刊本『旅する桃源郷』 を、

抽選で"3名さま"にプレゼントします!

特に応募条件はございません。
タイ在住+日本在住の方も対象ですので、どうぞ奮ってご応募ください。


応募は以下の内容をご記入の上、下記のお問合せフォームよりご連絡ください。応募受付期間は2023年8月4日まで。当選発表は発送をもってかえさせていただきます。

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2023年07月17日

頭皮をめぐる実験

 このブログで髪の毛がよく抜けるという話を書いたのは5月初旬のことだった。その後も髪の毛はどんどん抜けつづけた。さすがに気になって、家に近い皮膚科のクリニックを訪ねてみた。医師は拡大鏡で毛の抜けた頭皮を診てこういった。
「老人性の脱毛じゃありません。円形脱毛症の全頭型」
 頭皮への塗り薬を処方してくれた。それから1ヵ月。抜け毛は止まらない。再度、クリニックを訪ねた。
「そう早くは改善しませんが、それにしても進み方が早い。大学病院への紹介状書きましょう。クリニックでは難しい治療なので」
 円形脱毛症は自己免疫疾患である。原因はわからないが、白血球の一種であるTリンパ球が攻撃相手を誤認して攻撃してしまう。病理的には少し違うが、アレルギーも似ているようだ。癌に罹り、抗癌剤治療を受けると、髪の毛が抜けることがある。抗癌剤は活発に細胞分裂を起こす細胞を攻撃する。癌細胞の分裂は早いが、髪の毛をつくる細胞も分裂が早い。そこも攻撃してしまうから髪の毛が抜けるわけだ。
 新宿の日本医科大学病院に向かった。診断は急速進行型の円形脱毛症だった。
 円形脱毛症は強い精神的ストレスがきっかけになるともいわれる。毛が抜けはじめたのが4月頃。そこから遡って受けたストレスを思い返してみる。
 う~ん。正直いって山ほどある。人が生きることは、ストレスの海を泳ぐようなことだと思っている。それが原因だといわれると、僕の髪の毛はだいぶ昔になくなっている。
 これまではなんとか頭髪は頑張ってくれたが……、ストレスに負けた? それが老化ということなのだろうか。
 髪の毛はどんどん少なくなっていく。病院を訪ねた頃は、そう、90%ぐらいなくなっていた。腕やすね毛もなくなった。診察室から出てくる人を見る。多くが帽子をかぶっている。なぜ大学病院が治療の中心になるかといえば、命にかかわる病気ではないからだ。自己免疫疾患の研究対象には都合がいいのかもしれなういが。患者にしても、気になるのは見た目だけである。
 僕も帽子? 悩むのは、この病気に罹っていることをどう切り出すかだ。人は老人性の脱毛と見るかもしれない。それを説明するには帽子はアイテムになる?
 治療がはじまった。薬を飲んだり、ステロイドを注射する方法もあるが、僕の脱毛範囲や年齢から局所免疫療法になった。これはジフェニルシクロプロペノンという化学物質を頭皮に塗り、かぶれを起こさせるもの。かぶれを治すために白血球が集まり、治ると去っていく。そのときTリンパ球を引き連れていくのだという。
「どうしてそんなことがわかったんです?」
「患者さんに協力してもらって皮膚をとって、白血球の動きを調べたんです」
「ほーッ」
 3日前にジフェニルシクロプロペノンを塗った。頭皮はちょっとかぶれたような気がする。これから、Tリンパ球を髪の毛をつくる細胞から遠のけてくれるか、どうか。
 それは僕の頭皮をめぐる実験にも映る。

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Posted by 下川裕治 at 12:40Comments(1)

2023年07月10日

ネット社会が強いる労力

 先日、発売になった『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)のトークイベントがあった。その前日、主催する東京の西荻窪の「旅の本屋のまど」からこんなメールが届いた。
「イベントに参加される方から、『コロナ禍を旅する』を買いたいっていう連絡がきたんですが。下川さんのところに在庫がありますか?」
 悩んでしまった。『コロナ禍を旅する』という本はkindleから発売していた。コロナ禍のなか、規制に振りまわされながらの旅行記である。タイ編、エジプト・エチオピア編、世界一周編が刊行されていた。電子版と紙に印刷されたペーパーバックがある。しかし一般の書籍とは発想が違った。購入はすべてインターネットを通す。ペーパーバックは、ネットで注文すると、翌日の夕方には印刷・製本された本が届くスタイル。注文は1冊からできるオンデマンド出版といわれるもので、在庫は一切ないというコンセプトだった。
 そこで在庫がありますか……といわれても対応できない。
 しかし考えてみれば、インターネットで本を買ったことがない人や買いたくない人もいる。そういう人はどうしたらいいのか、といわれるとまた困る。
 しかし筆者としたら、なんとか読んでほしいという思いがある。
 幸い、自分用に買っておいた『コロナ禍を旅する』の世界一周編が4冊、やはりkindleで発売した『歩くアンコールワット』が1冊あった。それをイベント会場にもっていくことにした。
 イベントの後、サイン会がある。そのとき本を売るのだが、2種類の本5冊はあっという間に売れてしまった。
 そしてその場で、さらなる注文も入ってきた。目の前にいる読者は、おそらくネットでは買いたくない人たちなのだ。そんな人たちに、ネットでしか販売していないんです、とはいいにくい。
「どういうことだろうか」
 今後もオーダーが入ってくる可能性は高かった。「旅の本屋のまど」の方と話し合った結果、ある程度の部数を僕が用意することになった。3冊ある『コロナ禍を旅する』と『歩くアンコールワット』は常時、「旅の本屋のまど」で置かれることになった。
 しかし問題が消えたわけではない。インターネットを軸にした販売システムができあがれば、これまで書籍が流通面で抱えていた問題は解決するという青写真には、インターネットで本を購入しない人や購入したくない人の存在が抜けていた。ネットでさまざまなものは買っても、本だけは買わないという意志が働くこともある。そういう内実がわからないままに、本の発行が進んでしまう。
 日本のマイナンバーカードの混乱に似ていた。90歳を超える僕の母親は、一応、マイナンバーカードをつくったが、その必要性をまったく感じていない。暗証番号も決めたが、それがどのような使われ方をするのかわかろうともしない。つまりマイナンバーカードはつくったが……という世界なのだ。
 僕は比較的早くマイナンバーカードをつくった。自分からすすんでつくったわけではない。僕はバングラデシュなどへの海外に送金することがあるが、あるとき、唐突にマイナンバーカードが義務づけられてしまった。マイナンバーカードを登録しないと、送金ができなくなってしまったのだ。その強引さは不快だったが、いまのマイナンバーカードの混乱にも同じものが潜んでいる。マイナンバーカードにさまざまな用途を紐づけていく発想の根拠は、発行枚数に裏打ちされているのかもしれないが、ネットで本を買う人の数がわからないように、マイナンバーカードをどう使うつもりなのか……カートを手にした人たちの意図や内実がわからない。
 ネットを通した本の販売にしても、紙の本を読者に届けようとすると、関係者に労力を強いる。マイナンバーカードも同様だろう。ネット社会に舵を切るということは、その労力も想定しなくてはならない。無視するなら話は違うが、行政のサービスである。ネット社会が強いる労力……それは膨大だ。

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Posted by 下川裕治 at 12:57Comments(0)