2025年01月06日
7時間かかった初詣
明けましておめでとうございます。
年初のブログは、正月らしく初詣の話なのだが、これがなかなか大変だった。
伏線がある。次に出る本のために、僕は村尾嘉陵の旅を多少なりとも辿ってみようと思っている。嘉陵は江戸時代の役人である。しかし無類の旅好きというか、暇をみつけては江戸や郊外を歩きまわった。その内容が、簡単に手に入る本では、『江戸近郊道しるべ』というタイトルで現代語に訳されて出版されている。
その旅をなぞってみようと考えたのだ。理由は彼の年齢だった。資料によると、彼が江戸近郊をよく歩いたのは、47歳から74歳までの間だ。1831年(天保2年)は年に5回も江戸近郊の旅に出ている。71歳である。「じゃあ、僕もやってやろうじゃないか」などと拳をあげたわけではないが、ひとつのテキストにしてみようと思った。
しかし彼が歩いた距離には腰が引けてしまった。『江戸近郊道しるべ』の冒頭にあるのが「府中道の記」である。彼の家は浜町、いまの中央区にあった。そこから府中の大國魂神社を往復している。Googleマップに地名を入れてみると、片道30キロ強の距離がある。
『江戸近郊道しるべ』を読むと、暗いうちに家を出たとあるので、午前4時か5時ぐらいには歩きはじめたのではないかと思う。そして夜の8時には家に帰っている。60キロ強の距離を12時間──。その速さにも頭がさがるが、12時間歩きつづけるという健脚ぶりなのでだ。
江戸時代のことだから、基本は歩くしかない。だからといってなのである。それも「ちょっと大國魂神社に参拝してくるよ」といったノリで歩いている。近所の神社に手を合わせにいく感覚なのだ。
昨年の末、僕はそのルートを少しでも辿ろうと、中央区の浜町から歩きはじめた。意外と調子よく進み、3時間ほどで新宿まで着いた。嘉陵のように大國魂神社まで歩こうなどと思ってはいなかった。新宿からは路線バスで向かうことにしていた。前号でお話ししたように、僕は東京都のシルバーパスを持っている。パスを見せるだけでバスに乗ることができる。
しかしなかなかうまくいかなかった。まっすぐに向かうバスはないから、いくつかの路線バスを乗り継いだが、吉祥寺に着いたときに日は暮れてしまった。
心を入れ替えることにした。
こざかしく路線バスに頼ろうとしたのがいけないのかもしれない。途中でお手あげ状態になってしまうかもしれないが、とにかく潔く歩くべきではないか。
そこで1月4日、残っていた新宿ー大國魂神社を歩いてみることにした。
「ちょっと大國魂神社まで初詣に行ってくるよ」といった軽いノリで行きたかったが、距離にして21キロ強の道のりである。
嘉陵が歩いたのは甲州街道である。そこをひたすら歩くことになる。
歩いた。ぽつぽつと街道横の歩道を進む。初台、明大前、桜上水……。脇を走るのは京王線である。ときどき目にする芦花公園駅入口、仙川駅入口といった表示を励みにただ歩いた。
途中から膝や腰が痛くなってきた。芦花公園駅入口に着いたときは、歩きはじめて約3時間後だった。とても無理かと思っていたのだが、ひょっとしたら……という思いで、重くなってきた足をあげる。
午後5時。大國魂神社に着いた。新宿を出たのが午前10時だったから、約7時間かかった。縁石にへたりこんでしまった。嘉陵はここから歩いて浜町まで戻っている。なんだか怪物に思えてきたが、その半分はなんとか歩いた。すっきりした気分だった。
アジアをよく旅するようになってから、神社で手を合わせることをやめた。韓国や台湾の日本の神社跡を目にすると、神社で頭をさげることができなくなった。
大國魂神社も眺めるだけで手を合わせなかった。それでも僕の初詣……。だいぶ時間はかかったが。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
年初のブログは、正月らしく初詣の話なのだが、これがなかなか大変だった。
伏線がある。次に出る本のために、僕は村尾嘉陵の旅を多少なりとも辿ってみようと思っている。嘉陵は江戸時代の役人である。しかし無類の旅好きというか、暇をみつけては江戸や郊外を歩きまわった。その内容が、簡単に手に入る本では、『江戸近郊道しるべ』というタイトルで現代語に訳されて出版されている。
その旅をなぞってみようと考えたのだ。理由は彼の年齢だった。資料によると、彼が江戸近郊をよく歩いたのは、47歳から74歳までの間だ。1831年(天保2年)は年に5回も江戸近郊の旅に出ている。71歳である。「じゃあ、僕もやってやろうじゃないか」などと拳をあげたわけではないが、ひとつのテキストにしてみようと思った。
しかし彼が歩いた距離には腰が引けてしまった。『江戸近郊道しるべ』の冒頭にあるのが「府中道の記」である。彼の家は浜町、いまの中央区にあった。そこから府中の大國魂神社を往復している。Googleマップに地名を入れてみると、片道30キロ強の距離がある。
『江戸近郊道しるべ』を読むと、暗いうちに家を出たとあるので、午前4時か5時ぐらいには歩きはじめたのではないかと思う。そして夜の8時には家に帰っている。60キロ強の距離を12時間──。その速さにも頭がさがるが、12時間歩きつづけるという健脚ぶりなのでだ。
江戸時代のことだから、基本は歩くしかない。だからといってなのである。それも「ちょっと大國魂神社に参拝してくるよ」といったノリで歩いている。近所の神社に手を合わせにいく感覚なのだ。
昨年の末、僕はそのルートを少しでも辿ろうと、中央区の浜町から歩きはじめた。意外と調子よく進み、3時間ほどで新宿まで着いた。嘉陵のように大國魂神社まで歩こうなどと思ってはいなかった。新宿からは路線バスで向かうことにしていた。前号でお話ししたように、僕は東京都のシルバーパスを持っている。パスを見せるだけでバスに乗ることができる。
しかしなかなかうまくいかなかった。まっすぐに向かうバスはないから、いくつかの路線バスを乗り継いだが、吉祥寺に着いたときに日は暮れてしまった。
心を入れ替えることにした。
こざかしく路線バスに頼ろうとしたのがいけないのかもしれない。途中でお手あげ状態になってしまうかもしれないが、とにかく潔く歩くべきではないか。
そこで1月4日、残っていた新宿ー大國魂神社を歩いてみることにした。
「ちょっと大國魂神社まで初詣に行ってくるよ」といった軽いノリで行きたかったが、距離にして21キロ強の道のりである。
嘉陵が歩いたのは甲州街道である。そこをひたすら歩くことになる。
歩いた。ぽつぽつと街道横の歩道を進む。初台、明大前、桜上水……。脇を走るのは京王線である。ときどき目にする芦花公園駅入口、仙川駅入口といった表示を励みにただ歩いた。
途中から膝や腰が痛くなってきた。芦花公園駅入口に着いたときは、歩きはじめて約3時間後だった。とても無理かと思っていたのだが、ひょっとしたら……という思いで、重くなってきた足をあげる。
午後5時。大國魂神社に着いた。新宿を出たのが午前10時だったから、約7時間かかった。縁石にへたりこんでしまった。嘉陵はここから歩いて浜町まで戻っている。なんだか怪物に思えてきたが、その半分はなんとか歩いた。すっきりした気分だった。
アジアをよく旅するようになってから、神社で手を合わせることをやめた。韓国や台湾の日本の神社跡を目にすると、神社で頭をさげることができなくなった。
大國魂神社も眺めるだけで手を合わせなかった。それでも僕の初詣……。だいぶ時間はかかったが。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」
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Posted by 下川裕治 at 12:24│Comments(1)
この記事へのコメント
謹賀新年&おつかれさまでした(^^)
今年も下川先生の番組を楽しみにしています(^_^)
今年も下川先生の番組を楽しみにしています(^_^)
Posted by マロンクリーム at 2025年01月06日 21:46
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