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ナムジャイブログ

2024年07月15日

強く生きるということ

 今年の3月だっただろうか。ソウルの北朝鮮料理店に入った。北朝鮮料理店というと、どこか身構えてしまうところがあるが、ソウルのそれは違う。普通に食事をとる食堂風情である。街にしっかり溶け込んでいる。
 ソウル暮らしが20年を超えるという知人ふたりも一緒だった。
 名物だという温麺を頼んだ。しばらくすると丼が運ばれてきた。スープのなかに入っているのは餃子だった。日本でいったらスープ餃子といったところだろうか。
 僕の目にも、これが温麺ではないことがわかる。僕は韓国語ができないので、頼んだのは知人だった。
「これマンドゥクじゃない」
 ひとりがいった。
「マンドゥク?」
「餃子。私たちが頼んだのは温麺」
 ひとりが店員に声をかけた。
「温麺を3つ頼んだんだけど」
 中年の女性店員は、少し困ったような顔をした。居心地の悪い沈黙がつづいた。知人は口を開かなかった。
 店員の女性は諦めたように頷くと、キャッシャーのところに向かった。タブレッドで入力したオーダーを訂正するようだった。
「餃子でもOKっていってくれるの期待してましたよね、あの店員さん。私たち、外国人だから」
「僕ひとりだったらOKするかも。あの沈黙の時間、そう思ってた」
「下川さん、ダメですよ。いくら外国人でもね。ソウルはとくに」
 ソウル在住の日本人からたしなめられてしまったが、海外ではこんな場面に遭遇することがある。店員が外国人に甘えていることはわかるのだが、困った顔をされると、つい、こちらが折れてしまう。その国の料理に詳しくないということもあるが、人のいい客になってしまう。
 ソウルでは別の話も耳にした。コスメショップの店員のなかには、かなり強く出る人がいるらしい。売りたい商品を強引に勧めてくる。レジまで連れていこうとする店員もいるようだ。それに対して、不快感を抱く日本人もいるが、「元気をもらった」と受けとる人もいるというのだ。相手がどう思うか気にしない強さといったらいいだろうか。
 その意識は間違った料理を出されたときも発揮される。強く出ないと負けてしまう。相手からどう思われようが毅然とした態度に出る。それがソウルで生きる処世術という人もいる。ある意味、大陸的なのかもしれない。
「元気をもらう」という言葉が、昔から気になっている。日本人はあまりに安易に使いすぎる気がするのだ。ある精神科医がこんなことをいっていた。
「鬱を患う人が、イベントやコンサートで元気をもらっても病気は改善しません。元気は自分でみつけないと鬱は治らない」
 その通りだと思う。しかしソウルの事情は少し違う。店員と直に接してもらう元気は、ステージから伝わる元気とはレベルが違う。弱気になっていたとき、「ああ、こうやって相手の気持ちを考えなくても生きることができるんだ」と実感する。他人の目を常に気にして生きる癖がついている日本人は目が覚めるような感覚に包まれる。
 ソウルを訪ねる日本人は多い。その底には「ソウルで強くなる」という期待が流れているのだろうか。
 

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Posted by 下川裕治 at 11:44│Comments(1)
この記事へのコメント
いつも楽しく拝見しています。
今回は特に自分にとって思い当たる事が多く感銘を受けました。
今はさすがに無くなったとは思いますが、中国で物を買った時に釣銭を投げて返された時、腹が立つというよりも「やりやがった(笑)」と友人と顔を見合わせた時。
タイでバスに乗った時に若い女性の車掌?が履いていたサンダルを平然と客が乗り降りするステップに脱ぎ捨てていた時。
自分の肩の力が抜けていく感覚になりました。
最近は円安でなかなか海外に行くのも厳しいですがその感覚をまた味わいたくなるお話でした。
Posted by こたろう at 2024年07月17日 02:51
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