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ナムジャイブログ

2013年07月29日

タイの風は濁っているのか、穏やかなのか

 タイ人にとっての警察──。妙に納得してしまう話を聞いた。
 ある会社で、若い社員の横領が発覚した。請求書を偽造し、会社の金をひとつの会社に振り込ませ、そこから金を受けとるという手口だった。金額は30万バーツ、90万円ほどに達していた。
 経理のチェックでみつかり、社長は社員を呼び出した。社員はあっさりと犯行を認めたという。
「これは警察に行くしかないな」
 社長はそういうと、部下にその社員を警察に連れていくように伝えた。
 警察では副署長が対応したという。まだ若いエリートだったという。副所長はこう切り出した。
「文書偽造は1回5年ってとこだね。お前は5回やっているから、25年、刑務所に入ることになる」
 若い社員の怯えた表情を確認すると、副所長はこう続けた。
「でも、お前が働く会社の社長はいい人みたいだな。月曜日まで待ってもいいっていっている……」
 社長から警察に連絡が入っていたのだ。社員が社長に呼ばれたのは金曜日。つまり3日間の猶予を社長が伝えていたのだ。
 そして社員はその日、あっさりと釈放されてしまった。とり調べはなにもなかったという。
 よく考えれば、妙な話だった。社長が猶予期間を与えるなら、社員が犯行を認めたときに伝えればいいことだった。警察に連れていく必要などなかった。
 警察……。そこがタイだった。社長はこういうシナリオを描いたのに違いない。
──どうしたら30万円を回収するか。自分の口から猶予を伝えたら、社員は逃げるかもしれない。それを防ぐには……警察だった。出頭させ、そこで警察官に脅してもらう。これがいちばん回収できる可能性が高い。
 翌日、社員は両親と一緒に会社に現れた。どう工面したのかはわからないが、両親は10万バーツを持参した。後は毎月の給与で返済していくことになったのだという。
 あまりにタイらしい解決だった。社員の罪は問われず、月曜日から普通に仕事を続けている。給料はない。もちろん、社員は全員、この事実を知っている。
「警察に捕まったら、一銭も返ってこないだろ。それが社長にとっては、いちばん困ること。社長が考えているのはそれだけだよ」
「でも、その社員は犯罪を犯したんだろ」
「そう。捕まったほうが楽かもしれない。これから延々、無給で働くんだから。そのための警察なんだよ。社長から警察へは……」
「金が動く」
「それで社長も警察もハッピー」
 タイ人は警察をそう使っていた。なんだか妙に収まってしまう。会社に流れる風は、濁っているのか、穏やかなのか。それがタイの風でもある。


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Posted by 下川裕治 at 12:06Comments(0)

2013年07月22日

中国で「嗟嗟」(じぇじぇ)は流行りだしている

 執拗な雨が降り続いている。昨日から雨が途切れることはほとんどない。対岸の北朝鮮も霧に霞んでほとんど見ることができない。
 梅雨である。しかしこの地方の梅雨が、これほどまで濃い霧に覆われるとは思ってもいなかった。
 中国の丹東にいる。
 目の前を鴨緑江が流れている。北朝鮮と中国の国境である。対岸は北朝鮮の新義州である。ここにやってくる中国人の観光客は、死んだように静まり返る北朝鮮を眺めにくるのだが、この霧では……。
 先週、ソウルにいた。ソウルは梅雨のただなかだった。そこから梅雨明けの日本に2日ほど滞在して上海。
 上海は猛暑だった。連日36度という熱気が街を包んでいた。「日本人町を歩く」という取材のため、どうしても歩かなくてはならない。午前中はなんとか頑張るのだが、午後になるとあごが出てしまう。もう一歩も歩けないほど疲れが溜まってきてしまう。
 そこから北上して大連。そしてバスに5時間ほど揺られて丹東。ぐっと下がった気温にほっとしたのだが、今度は雨と霧である。
 この1週間、梅雨前線から出たり入ったりを繰り返していることになる。
 さすがに疲れる。
 上海では、連日、日本人と会っていた。出版にかかわる人たちだが、尖閣列島問題にはじまった今回の中国と日本のぎくしゃくした関係は、かなり堪えたようだった。僕は中国に何度も足を運んでいるから、中国という国が日本人が考えるように一枚岩ではないことを知っている。ナショナリズムを支える政治の時代というものは、貧困がその背後に横たわっている。抗日デモというものも、その枠のなかで起きるものだと思う。しかし豊かになった中国人がかなりいる。
 しかし多くの日本人は、中国人が皆、日本を憎んでいるように思っている。そう考えてしまうのは、日本という国が単一民族の色合いが強いからだ。
 たとえば世界の多くの人たちが身分証明書というものをもっている。IDカードといわれるものだ。多民族国家ではしかたがないことだともいわれる。しかし日本という国には、IDカードに相当するものがない。日本はそういう国なのだ。それがいい面でもあり、悪い面でもある。
 上海でこんな話をきいた。中国人の間で、いま、『あまちゃん』がブームになっているのだという。あの朝の連続ドラマの感性を理解し、面白いと思う中国人が、かなりいるのだ。
 「嗟嗟」
 この言葉がはやりつつある。「じぇじぇ」である。中国の発音に当てた新語である。
 こういう中国もあるのだ。

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Posted by 下川裕治 at 14:39Comments(0)

2013年07月15日

日本から遠ざかっていく

 海外に出向く用事がたて込んでいる。先週の木曜日に、タイからいったん日本に戻ったのだが、その足でソウルに向かわなくてはいけなかった。成田空港乗り換えである。
 第1ターミナルから第2ターミナルに移動する間、一瞬だが、東京の猛暑を体験した。しかしほとんどの時間を空港ターミナルのなかで過ごし、到着したソウルは、篠突く雨に洗われていた。
 しばらく前まで、日本の空を覆っていた梅雨前線は北上し、ソウルの上空に居座っていたのだ。
 ソウル在住の日本人に会った。
「日本は選挙で盛りあがってます?」
 知人はそう口にした。僕の曖昧な表情をみとって、こう続けた。
「こういうこと、下川さんに訊いてもだめですよね」
 少し寂しかったが、実際、そうだった。日本にいないのだから、選挙の熱気を肌で感じることはできない。
 そういえば、東京都の区議会選挙の投票日は沖縄の那覇にいた。不在者投票もパスしてしまった。
 今日は日曜日である。昨夜、ソウルから戻った。仕事が溜まっていて、事務所に出た。パソコンからメールを送る。
「明日の月曜日の午後、会うことができますか」
 すると電話がかかったきた。
「明日は休日だから、家にいようと思っていたけど、急用?」
「休日?」
「そう、海の日」
 そんなことも忘れていた。実は火曜日から中国に行かなくてはならない。それもあってメールを出したのだが。
 日本からどんどん遠ざかっていくような気になってくる。いったい僕は、どの国で生きているのかわからなくなる。
 電車に乗り、前に座るカップルが羨ましく映る。東京はとんでもなく暑い。しかしそのなかで、笑顔を絶やさずに生きている。海外旅行に出るわけでもないが、日本での生活を大切にしている。
 疎外感に包まれる。僕は日本人のことがわかっているのだろうか。こんな人間が、本を書いていいのだろうか……。
 僕は旅を書く。しかし旅とは、日本での日常がなければ輝きを失う。僕の旅は、もう色褪せているのではないか。
 明日は不在者投票に行こう。いったい誰が立候補しているのかもわからない。しかし投票所に行こう。そういうことを積み重ねていかないと、足場を失ってしまうような気になっている。


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Posted by 下川裕治 at 10:13Comments(1)

2013年07月08日

コールセンター・トラベラー

 僕は誤解していたのかもしれない。いや、それが年齢の差ということなのだろうか。
 先日、ある知人が日本で放映された報道番組の話をしてくれた。たぶん西日本のどこかの街だったと思うが、そこにあった従業員が2000人規模の工場が閉鎖になった。レポーターが従業員たちにマイクを向ける。
「これからどうするんですか?」
 転職先がみつからない……といった返事に続いて、こう答えた若い女性の従業員がいたのだという。
「タイのコールセンターで働こうかと思っています」
 この種の報道をするとき、何人にもインタヴューをしている。そのなかで、どのコメントを使うかで、番組の意図がわかる。工場が閉鎖されたことの大変さを伝えようとしたのだ。つまり、転職先がみつからないことと、タイのコールセンターで働くことが同じ文脈のなかにあるわけだ。
 タイでのコールセンターの話は、若者だけでなく、かなりの日本人が知っていることなのだろう。月給約7万5000円。その安さも人々のなかに織り込まれている。そんな仕事しか、工場が閉鎖してしまった日本人にはみつからないのだ……と。
 タイの長く住む日本人も、それに近い反応を示す。そういう貧しい人たちは、日本人のイメージを悪くする……。そんなニュアンスが言葉の端々から伝わってくる。
 結局は僕も、その認識のなかにいたのかもしれない。そんな気がするのだ。
 コールセンターで働く若者が気になって、何人にもあった。その人たちの話は、僕の本のなかでも紹介している。
 彼らが貧しいとは思わないが、転職という目標の前で立ち竦んでいる姿が気になった。コールセンターで働く若者には、一応、シナリオがある人が多い。働きながらタイ語や英語を身につけ、タイの日系企業に就職という流れだ。しかし、そう簡単に語学は身につかない。そして学校にも通わなくなる。僕が会った若者は、そんなタイプが多かったのだ。
 ところが、最近、ある旅行会社の人からこんな話を聞いた。
「ゲストハウスでだらだらしている若者よりも、コールセンター組のほうが旅に出る人が多いんです。休みを使って」
 そうだったのか。彼らは僕のようなおじさんに伝わる言葉はもっていないが、しっかり旅をしている。そういう若者もいたのだ。
 考えてみれば僕もそうだった。汚い姿で安宿に泊まっていた僕らを、バンコクに長く住む日本人やで駐在員たちは、「困った若者」と見ていた気がする。そんな旅の因子をもった若者たちが、コールセンターというシステムを使いはじめていた。
 時代の変化とはそういうことかもしれなかった。僕はいつの間にか、訳知り顔の小うるさい大人になっていた。自戒の一瞬だった。

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Posted by 下川裕治 at 17:10Comments(0)

2013年07月01日

いい加減なことをいっている?

 タイ人の日本観光のビザ免除が7月1日から実施されることになった。それを受けてということでもないのだが、日本でインバウンドつまり海外からの観光客を受け入れている人たちの集まりで少し話をした。
 皆、さまざまな手法で、外国人観光客を受け入れていた。現場の声は、観光庁などの話より、はるかに説得力がある。
 インバウンドの世界では、中国人観光客にターゲットを絞った事業が続いていた。しかしここで、タイ人やマレーシア人もそのなかにとり込んでいきたいという意向がある。タイ人とはどんな人たちなのか。インバウンドの世界では話題が集まっていた。
 その話を聞いて、日本人の真面目さというか律儀さに、改めて感心してしまった。
 日本式サービスは世界でもトップクラスだと思う。インバウンドも、高いレベルを求めようとする。日本のよさでもあり、欠点でもある気がしてしかたなかった。
 たとえばタイ。観光収入は国家を支えている。しかし、タイ人のなかで、どれだけの人が外国人へのサービスを意識しているかと考えると、首を傾げてしまう。
 タイ人は普通に振る舞っているだけではないか……。そんな気がしてしまう。
 旅行で訪ねた国を好きになるか、ならないか。それは人それぞれだ。バンコクのツーリストエリアには小悪党がうじゃうじゃいる。観光客は当然、騙されるのだが、そこでタイが嫌いになるかどうか。それは微妙な問題に思える。ぼったくられて嫌いになる人もいるが、そんなことを気にも止めず、好きになる人もいる。リピーターになるか、ならないかは、別の判断基準があるように思うのだ。
 僕もそうだった。はじめてタイにきたときは、簡単に彼らの毒牙にかかった。しかしそれから1年後には、またやってきていた。
 日本のインバウンド業者は、手厚いサービスをめざす。誰しも気持ちのいいサービスを受けて嫌な気はしないが、日本が好きになるかは別物だ。
 マレーシア人は食事の問題があるという。イスラム教徒が多いからだ。以前、イスラム系と中国系のマレーシア人がひとつのグループでやってきたことがあった。夕食どき、イスラム教徒だけインド料理店に連れていったところ、参加者から不満が出たという。
 僕はときどき、イスラム教徒と食事をするが、あまり気にしないことにしている。彼らのほうがわきまえていて、それなりの料理を注文している。彼らのほうが慣れている。たしかにイスラム教徒にも、その厳格さに差はあるが。
 しかし世界の人々は異教徒と一緒に暮らしているわけで、そのあたりは日常に刷り込まれている。
 つまりはそういうことだと思うのだ。
「放っておけばいいんじゃないでしょうか。彼らは勝手にうまくやっていきますよ。問題なのは、そういう気遣いから、受け入れを拒んでしまうことでは」
 また、いい加減なことをいっていると、日本人には受け止められてしまうのだろうか。


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Posted by 下川裕治 at 11:48Comments(0)