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ナムジャイブログ

2023年10月16日

秋の夜長の妄想なのか

 複数の本を同時に読み進めることがよくある。内容は盛りあがりを欠き、淡々と進む本は、途中で飽きてくる。かといってテーマに興味があるから、最後まで読もうとする。難解な本もある。いくら読んでもわからず、なかなか先に進まない。こういった本はいつも鞄のなかに入っている。鞄がどんどん重くなってしまう。
 原稿を書くために読まなくてはならない本もある。これも鞄のなかに入ってくる。
 吉村昭の『海も暮れきる』は、読まなくてはいけない本だ。近々、この本の舞台である小豆島に行く。再読である。俳人の尾崎放哉が小豆島で死ぬ直前の9ヵ月ほどを軸に描いている。つらい内容だ。帝大出身のエリートでありながら酒乱で職を失い、妻とも別れ、小豆島の小さな庵の寺男になる。肺結核にも罹っている。収入はなく、知り合いからの借金で食つなぐ日々……。小豆島の人々は積極的に彼を助けるわけではないが、陰でしっかりと支えていく。
 いれものがない両手でうける
 咳をしても一人
 放哉は自由律という五七五にとらわれない俳句をつくりつづけた。
 彼が最後に暮らした小豆島の庵に行くために読んでいる本だが、かなりつらい。一気に読むことができない。
 そんなときはイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を開く。この本はもう4ヵ月近く鞄のなかに入っている。500ページを超える厚い文庫本だ。
 1878年(明治11年)、イギリス人女性のイザベラ・バードは来日し、主に東北地方を歩く。その旅のなかで見聞きした内容を手紙の形でまとめている。ストーリー性のない旅日記だから、それほど面白くない。しかし当時の日本の都市と田舎の格差がなかなか面白い。彼女は日光から山を越えて新潟に出るのだが、そこで目にした日本人は、男も女もほとんど裸である。ニューギニアの奥地に暮らす原住民をイメージしてしまう。明治初期、日本の田舎はこんなものだったのだ。
 ところがそこから新潟に出ると、立派な家が建ち並ぶ。僕らがイメージする明治の世界がある。「文明化していく日本」とは、実のところ都市の文化だったことが浮き彫りになってくる。
 しばらく前、僕は『おくのほそ道』を読みながら日本を旅した。時代は江戸時代の元禄期である。芭蕉と曾良は、いまの宮城県の松島から山を越えて日本海の酒田まで歩いている。途中には立石寺や最上川があり、
 閑さや岩にしみ入る蝉の声
 五月雨を集めて早し最上川
 といった有名な句が残されているが、その途中で芭蕉らが目にした山で暮らす人々は、イザベラ・バードが旅日記に残した半裸で暮らす人々ではなかったかと思う。『おくのほそ道』にはそんな記述はなにもない。これはどういうことなのだろうか。
 なんの脈絡もない2冊の本の内容が頭の片隅に残っているなかで、埼玉県議会の話が耳に届く。虐待禁止条例の話だ。子供だけの登校や短時間の留守番も虐待とする条例改正案に非難が集まり、撤回する事態になった。
 日本の実情を考えれば反発されて当然のことに思えるが、欧米にはこれに似た法律があるところもある。登下校はスクールバスが常識になっているエリアも少なくない。東南アジアでも、子供だけの登下校風景は目にしない。
 半裸で暮らしていた田舎の日本人の世界はイザベラ・バードには未開な世界に映ったのかもしれないが、そこには目に見えない信頼関係があったのかもしれない。小豆島に流れ着いた放哉も、島の人々に救われている。
 それは僕の勝手な妄想かもしれないが、そこに日本社会がある気もする。そんな関係性が、進む都市化のなかで変わっていくということなのか。なにかがつながるようでつながらない。秋の夜長の妄想にしては、妙にリアルな世界が頭のなかで渦巻いてしまう。

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Posted by 下川裕治 at 13:45│Comments(0)
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