2023年11月18日
新陳代謝という時差のからくり
発売になった『歩くバンコク2024年版』。今号の特集は「懐かしバンコク……街歩き」だ。バンコクに残った昔ながらの道を歩いている。
特集の企画は、製作にかかわる人たちの意見を反映している。前号は「スマートバンコクに大変身」だった。開通した電車の新路線や絶景タワー、自然公園……。すべてコロナ禍の間にバンコクに出現したものだった。
「この違いなんだろうな」
2冊を見比べてそう思う。
コロナ禍だった。日本もタイも新型コロナウイルスに苦しんだ。しかし日本とタイはそのなかで起きたことがずいぶん違う。
バンコクの都市型電車の路線延長はコロナ禍前から進んでいた。経済成長のなかで肥大化するバンコクのインフラを整えることは急務だった。そこを目に見えないウイルスが襲う。しかしタイはその工事を止めることはなかった。それが成長のエネルギーというものかもしれない。
その一方で、休業を強いられた店舗などへの補償はほとんどなかった。耐えきれない店は廃業に追い込まれた。コロナ禍の収束が見えてくると、廃業した店舗を購入する人が現れ、新しい店が次々にできていった。街の新陳代謝が起きたのだ。
転じて日本。都市のインフラはすでにかなり整っていた。新路線網といった大規模な整備はすでに終わっていた。つまりそれだけタイより進んでいたわけだ。
政府は休業に対する給付金や補助金を次々に実行していった。店舗はタイ同様に休業を強いられたこともあったが、給付金で生きのびた店が多かった。つまり新しい店の誕生はそれほど多くなく、街の風景もあまり変わらなかった。
コロナ禍の日本を振り返ると、そこにあるのは維持と停滞だった。日本は時間を止めたということだろうか。
コロナ禍が明け、タイ好きの人たちが3年ぶりのバンコクを訪ねる。そこで目にしたものは、スマートに変身していくバンコクだった。はじめはその変容ぶりに目を輝かせていたが、やがて気づくことになる。
愛したバンコクは消えていく……。
そこで「懐かしいバンコク」が恋しくなってくる。それが特集に反映された気がする。
それは発展する街と、すでにピークをすぎた街の間にある時差のからくりのようなものだった。誰が悪いわけではない。それは、浮き沈みのある人生に似た街の運命のようなものだった。
毎年、バンコクを訪ねていれば、その変化についていったのかもしれないが、3年つづいたパンデミックは、街がもつエネルギーの違いを鮮明に浮きだたせてしまったのだ。
しかし以前のバンコクを知らない若者たちは、便利になったバンコクをすんなり受け入れていく。そこにもやはりタイのいい加減さや猥雑さは残っているから、若い日本人は彼らなりのバンコクに出合っていく。
バンコクの街には新陳代謝が起きた。そしていまの日本人に起きているのは旅人の新陳代謝という気がする。
■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji
特集の企画は、製作にかかわる人たちの意見を反映している。前号は「スマートバンコクに大変身」だった。開通した電車の新路線や絶景タワー、自然公園……。すべてコロナ禍の間にバンコクに出現したものだった。
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コロナ禍だった。日本もタイも新型コロナウイルスに苦しんだ。しかし日本とタイはそのなかで起きたことがずいぶん違う。
バンコクの都市型電車の路線延長はコロナ禍前から進んでいた。経済成長のなかで肥大化するバンコクのインフラを整えることは急務だった。そこを目に見えないウイルスが襲う。しかしタイはその工事を止めることはなかった。それが成長のエネルギーというものかもしれない。
その一方で、休業を強いられた店舗などへの補償はほとんどなかった。耐えきれない店は廃業に追い込まれた。コロナ禍の収束が見えてくると、廃業した店舗を購入する人が現れ、新しい店が次々にできていった。街の新陳代謝が起きたのだ。
転じて日本。都市のインフラはすでにかなり整っていた。新路線網といった大規模な整備はすでに終わっていた。つまりそれだけタイより進んでいたわけだ。
政府は休業に対する給付金や補助金を次々に実行していった。店舗はタイ同様に休業を強いられたこともあったが、給付金で生きのびた店が多かった。つまり新しい店の誕生はそれほど多くなく、街の風景もあまり変わらなかった。
コロナ禍の日本を振り返ると、そこにあるのは維持と停滞だった。日本は時間を止めたということだろうか。
コロナ禍が明け、タイ好きの人たちが3年ぶりのバンコクを訪ねる。そこで目にしたものは、スマートに変身していくバンコクだった。はじめはその変容ぶりに目を輝かせていたが、やがて気づくことになる。
愛したバンコクは消えていく……。
そこで「懐かしいバンコク」が恋しくなってくる。それが特集に反映された気がする。
それは発展する街と、すでにピークをすぎた街の間にある時差のからくりのようなものだった。誰が悪いわけではない。それは、浮き沈みのある人生に似た街の運命のようなものだった。
毎年、バンコクを訪ねていれば、その変化についていったのかもしれないが、3年つづいたパンデミックは、街がもつエネルギーの違いを鮮明に浮きだたせてしまったのだ。
しかし以前のバンコクを知らない若者たちは、便利になったバンコクをすんなり受け入れていく。そこにもやはりタイのいい加減さや猥雑さは残っているから、若い日本人は彼らなりのバンコクに出合っていく。
バンコクの街には新陳代謝が起きた。そしていまの日本人に起きているのは旅人の新陳代謝という気がする。
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Posted by 下川裕治 at 12:11│Comments(0)
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