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ナムジャイブログ

2017年03月13日

民族の殲滅と靴

 ポーランド南部のガトヴィツエという街にいる。路面電車が走る、なかなかいい街だ。
 ここは、アウシュビッツからそう遠くない。電車に乗って、収容所跡まで行ってきた。最寄り駅はオシフェンチムという。これをドイツ語読みすると、アウシュビッツになる。
 アウシュビッツ収容所のイメージは暗くて重い。ホロコースト、ユダヤ人絶滅、ガス室、人体実験……といった不気味な言葉が浮かびあがってくるからだ。この施設で殺された人々は140万人ともいわれる。その多くはユダヤ人だった。
 イメージというものは頭のなかで拡大していく。それを修正していくのは、実際に目にすることだと思う。
 アウシュビッツ収容所──。その建物はなかなか立派だった。世界遺産に登録され整備されている。見ようによっては、刑務所のテーマパークのようにも映る。それはアウシュビッツがポーランドという国にあるからだろうか。ユダヤ人の大量虐殺という事実に、ポーランドのナチスドイツ支配への抵抗運動という事実が加えられた展示が続く。政治犯としてこの収容所に送られたポーランド人も少なくなかった。
 しかし収容所跡を歩くにつれ、残された物の多さに圧倒されていく。犠牲者が履いていたのであろう膨大な数の靴、メガネ、食器、ブラシ……。ナチスドイツはなぜ、これだけの物を残したのか……理解に苦しむのだ。
 アウシュビッツの歴史を辿っていくと、ナチスドイツが傾いていった「ドイツ人こそ純粋なアーリア人」というアーリア人至上主義に行く着く。アーリア人の理想郷をつくろうとしたのだ。その発想がユダヤ人の殲滅に結びついてく。子供を抱くユダヤ人の母親を撃ち抜くドイツ兵、乱暴された後で殺され全裸のまま雪原に放置されたユダヤ人女性……こういう写真は人を寡黙にさせてしまう。しかし人間というものは、ある思想に染まれば、残虐な行為にも手をくだすことができることを歴史は教えている。感性では受け入れられなくても、頭で理解することはできる。
 しかし、人を殺すことと、遺留品を保管する発想が相いれないのだ。
 1室に集められた靴の数は膨大である。そのひとつひとつから、足のにおいとか、爪の汚れなどが蘇ってくる。それを残した感性。
 やはりわからないのだ。
 アジアと比べるのは、僕の悪い癖かもしれないが、カンボジアのポル・ポト時代に起きた虐殺で残ったものは骨だけである。遺留品は本当に少ない。それがアジアの感性なのかとも思う。いや風土なのか。残された衣類や靴は、微生物や昆虫が土に戻していってしまう。
 アウシュビッツはまだ冬である。収容所跡の木々に葉はなく、氷点下の風に晒されていた。

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○クリックディープ旅=インドでいちばん長い列車の旅を連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。難関のミャンマーの列車旅が続く。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記


Posted by 下川裕治 at 11:48│Comments(1)
この記事へのコメント
遺留物のおびただしい数
なんだか生々しいですね。

遺留品が多いほど多くの人が殺されたという印象を残しそうです。

そういう見せ方が巧いということなのでしょうか。

僕は見たことがないけれど
見てしまったら
底知れない怖さが心に残ってしまいそう。
Posted by たぬきまるだいすけ at 2017年04月04日 10:15
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