2013年08月19日
僕の足は汚い
ハーフパンツと呼ぶのだろうか。短めのズボンを穿く若者が増えている。ひざ下10センチ、20センチといった丈である。すね毛も見える。
先日、東京の地下鉄のなかで、すねがむき出しになった何本もの足を眺めていた。
「どうしてあんなにきれいなんだろう」
つい呟いてしまった。
足やすねに虫に刺された跡がまったくないのだ。すね毛はあるのだが、足全体がつるりとしている。素足を出す女性が、足の手入れをするのはわかる。しかし男性もそうしているのだろうか。
僕の足を眺める。自分でも嫌になるぐらいに、毒虫に刺された跡が残っている。最近になって刺された跡ではない。いったいいつ刺された跡かは忘れてしまったが、おそらく10年前、いや20年前。消えることがない跡が残ってしまっている。
南の国を訪ねることが多い。熱帯雨林に分け入ったこともある。そこには、日本では考えられない強い毒をもった虫がいる。海でなにかに刺されたこともある。そういった跡はなかなか消えてくれない。
人間、60年近くも生きてくれば、さまざまな虫に刺される。僕の場合は、その種類がかなり多い気がする。皮膚科のクリニックには何回か通った。毒虫に種類の特定などできないから、レスタミン軟膏を処方してもらうだけだ。その結末が僕の足である。
旅人の足? そういうことかもしれない。とすると、いまの若者のきれいな足は、日本という国しか知らない足ということになるのだろうか。
2週間前、中国の丹東にいた。鴨緑江という川を挟んで北朝鮮と接する街である。ここには、鴨緑江断橋が残されている。朝鮮戦争時代、アメリカ軍の空爆で破壊された日本がつくった橋の跡である。その近くに、北朝鮮レストランがある。これまでも何回か、この店に入ったことがある。ウエイトレスは北朝鮮からやってきた女性たちだ。もちろん選ばれた女性たちで、うっとりするほどの容姿である。料理を運んできた女性の指を見たカメラマンがこういった。
「労働を知らない指ですね」
細い指は農作業には縁がなさそうだった。
体にはさまざまな人生が刻まれていく。農作業は指を太くする。屋外での仕事は、深い皺をつくる。それはときに、人生の勲章のようないわれ方をする。苦労とか努力といったものが、背後に横たわっているからだ。
しかし足に残った虫刺されの跡は、どういったらいいのだろうか。勝手に旅に出て、虫に刺されただけなのだ。人に誇れるようなものではない。
(お知らせ)
朝日新聞のサイト「どらく」連載のクリックディープ旅が移転しました。「アジアの日本人町歩きの旅」。アクセスは以下。
http://www.asahi.com/and_M/clickdeep_list.html
先日、東京の地下鉄のなかで、すねがむき出しになった何本もの足を眺めていた。
「どうしてあんなにきれいなんだろう」
つい呟いてしまった。
足やすねに虫に刺された跡がまったくないのだ。すね毛はあるのだが、足全体がつるりとしている。素足を出す女性が、足の手入れをするのはわかる。しかし男性もそうしているのだろうか。
僕の足を眺める。自分でも嫌になるぐらいに、毒虫に刺された跡が残っている。最近になって刺された跡ではない。いったいいつ刺された跡かは忘れてしまったが、おそらく10年前、いや20年前。消えることがない跡が残ってしまっている。
南の国を訪ねることが多い。熱帯雨林に分け入ったこともある。そこには、日本では考えられない強い毒をもった虫がいる。海でなにかに刺されたこともある。そういった跡はなかなか消えてくれない。
人間、60年近くも生きてくれば、さまざまな虫に刺される。僕の場合は、その種類がかなり多い気がする。皮膚科のクリニックには何回か通った。毒虫に種類の特定などできないから、レスタミン軟膏を処方してもらうだけだ。その結末が僕の足である。
旅人の足? そういうことかもしれない。とすると、いまの若者のきれいな足は、日本という国しか知らない足ということになるのだろうか。
2週間前、中国の丹東にいた。鴨緑江という川を挟んで北朝鮮と接する街である。ここには、鴨緑江断橋が残されている。朝鮮戦争時代、アメリカ軍の空爆で破壊された日本がつくった橋の跡である。その近くに、北朝鮮レストランがある。これまでも何回か、この店に入ったことがある。ウエイトレスは北朝鮮からやってきた女性たちだ。もちろん選ばれた女性たちで、うっとりするほどの容姿である。料理を運んできた女性の指を見たカメラマンがこういった。
「労働を知らない指ですね」
細い指は農作業には縁がなさそうだった。
体にはさまざまな人生が刻まれていく。農作業は指を太くする。屋外での仕事は、深い皺をつくる。それはときに、人生の勲章のようないわれ方をする。苦労とか努力といったものが、背後に横たわっているからだ。
しかし足に残った虫刺されの跡は、どういったらいいのだろうか。勝手に旅に出て、虫に刺されただけなのだ。人に誇れるようなものではない。
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Posted by 下川裕治 at 11:29│Comments(0)
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