2014年01月06日
コーヒーの花はまだ咲いていなかった
【2013年11月04日号から、通常のブログはしばらく休載。『裏国境を越えて東南アジア大周遊編』を連載します】
【前号まで】
裏国境を越えてアジアを大周遊。スタートはバンコク。タイのスリンからカンボジアに入国し、シュムリアップ、プノンペンを経てホーチミンシティに。そこから北上を開始する。
※ ※
ホーチミンシティから、ベトナム中部の高原地帯にあるバンメトートに向かった。理由はコーヒーだった。バンメトートはベトナムコーヒーの一大集散地である。
10年ほど前の記憶があった。
3月の頃だった。バンメトートのコーヒー畑は、白いコーヒーの花が咲き薫っていた。ジャスミンとも、ユリともいえない芳香。僕の鼻腔には、そのにおいが刷り込まれてしまっていた。数少ない、旅のにおいの記憶である。あの香りのなかにもう一度……。
花は咲いているだろうか。そんな思いを乗せて、バスはホーチミンシティを出発した。
寝台バスだった。いまのベトナムでは、運行時間が長いバスは、夜行ではなくても、寝台バスになりつつあるようだった。
朝、ホーチミンシティを発ったのだが、バンメトートに着いた頃は、すでに日が暮れていた。バスを降り、においに神経を集中させてみる。しかしあのにおいは、どこからも漂ってこなかった。
バンメトートは、コーヒーを専門にするカフェが増えていた。翌朝、路上に面した一軒に入る。ホーチミンシティでは、アルミ製のフィルターをカップの上に乗せて出してくれる。しかしバンメトートは、店の奥でドリップしてくれる。ひと口、啜ってみる。
「苦ッ」
バンメトートのコーヒーは、ホーチミンシティのそれより、数段、濃かった。その日、2軒のカフェに入った。2軒目も濃かったのだが、ゆっくり飲んでいると、そのなかに甘さが感じられるようになる。これなのかもしれなかった。この甘さ……。僕はそのとば口にいるだけのようだった。
郊外に広がるコーヒー畑に向かった。ちょうど収穫期だった。木の下に布を敷き、サクランボのように赤く色づいたコーヒーの実をばらばらと落としていく。この実を干し、果肉をとり除いた種がコーヒー豆になる。
畑のなかを、においを求めて歩いた。花のつぼみをつけている枝もあるのだが、白い花びらはまだ見えない。
少し早かったのかもしれない。
コーヒー畑のなかを歩いていると、収穫に精を出す人々と目が合う。おばさんは日焼けを防ぐために長袖と帽子姿だ。男性は木に登り、手袋をはめた手で、コーヒーの実をこそげ落とす。必ず笑顔が返ってきた。
つぼみを指さし、いつ咲くのか、と身振りで伝えるのだが、なかなか意味が通じない。代わりに、赤いコーヒーの実を掌に乗せてくれた。食べてみろ?
少し酸っぱい味の実だった。
(以下次号)
(写真やルートはこちら)
この旅の写真やルート地図は、以下をクリック。
http://www.asahi.com/and_M/clickdeep_list.html。
「裏国境を越えて東南アジア大周遊」を。こちらは2週間に1度の更新です。
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裏国境を越えてアジアを大周遊。スタートはバンコク。タイのスリンからカンボジアに入国し、シュムリアップ、プノンペンを経てホーチミンシティに。そこから北上を開始する。
※ ※
ホーチミンシティから、ベトナム中部の高原地帯にあるバンメトートに向かった。理由はコーヒーだった。バンメトートはベトナムコーヒーの一大集散地である。
10年ほど前の記憶があった。
3月の頃だった。バンメトートのコーヒー畑は、白いコーヒーの花が咲き薫っていた。ジャスミンとも、ユリともいえない芳香。僕の鼻腔には、そのにおいが刷り込まれてしまっていた。数少ない、旅のにおいの記憶である。あの香りのなかにもう一度……。
花は咲いているだろうか。そんな思いを乗せて、バスはホーチミンシティを出発した。
寝台バスだった。いまのベトナムでは、運行時間が長いバスは、夜行ではなくても、寝台バスになりつつあるようだった。
朝、ホーチミンシティを発ったのだが、バンメトートに着いた頃は、すでに日が暮れていた。バスを降り、においに神経を集中させてみる。しかしあのにおいは、どこからも漂ってこなかった。
バンメトートは、コーヒーを専門にするカフェが増えていた。翌朝、路上に面した一軒に入る。ホーチミンシティでは、アルミ製のフィルターをカップの上に乗せて出してくれる。しかしバンメトートは、店の奥でドリップしてくれる。ひと口、啜ってみる。
「苦ッ」
バンメトートのコーヒーは、ホーチミンシティのそれより、数段、濃かった。その日、2軒のカフェに入った。2軒目も濃かったのだが、ゆっくり飲んでいると、そのなかに甘さが感じられるようになる。これなのかもしれなかった。この甘さ……。僕はそのとば口にいるだけのようだった。
郊外に広がるコーヒー畑に向かった。ちょうど収穫期だった。木の下に布を敷き、サクランボのように赤く色づいたコーヒーの実をばらばらと落としていく。この実を干し、果肉をとり除いた種がコーヒー豆になる。
畑のなかを、においを求めて歩いた。花のつぼみをつけている枝もあるのだが、白い花びらはまだ見えない。
少し早かったのかもしれない。
コーヒー畑のなかを歩いていると、収穫に精を出す人々と目が合う。おばさんは日焼けを防ぐために長袖と帽子姿だ。男性は木に登り、手袋をはめた手で、コーヒーの実をこそげ落とす。必ず笑顔が返ってきた。
つぼみを指さし、いつ咲くのか、と身振りで伝えるのだが、なかなか意味が通じない。代わりに、赤いコーヒーの実を掌に乗せてくれた。食べてみろ?
少し酸っぱい味の実だった。
(以下次号)
(写真やルートはこちら)
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Posted by 下川裕治 at 12:00│Comments(0)
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