インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

2015年08月17日

年金支給日と終戦の日

 旧盆は信州の実家に帰省することが多い。菩提寺の僧が檀家をまわるからだ。実家には80歳を超えた母がひとりで暮らしている。母ひとりで対応させるのも……と、安曇野の実家に向かうことになる。
 高校時代は松本市内に暮らしていたが、僕が大学に進学した後、両親は安曇野に家を建てた。帰省というと、安曇野に帰ることになる。
 8月14日、仏事が終わると、母から、銀行のATMからお金を引き出してくれるよう頼まれた。母は足が悪く、ひとりで銀行に行くことは難しい。いつもは知り合いの車に乗せてもらって引き出しているが、身内がいるときに、と思ったのだろう。
 安曇野の銀行のATMの前には、数人の列ができていた。老人ばかりだった。このあたりでは珍しい混み具合だった。過疎化と高齢化が同時に進む日本の地方では、銀行にやってくる人も少ないのだ。
「今日は混むかも。年金支給日だから。振り込み詐欺を防ぐために、銀行のスタッフが脇に立っていることもある」
 母親の言葉を思い出した。
 年金の支給日は、偶数月の15日である。8月は15日が土曜日になるため14日の金曜日になった。引き出し手数料がかからないようにという配慮なのだろう。だから、この日のATMには、いつになく列ができていたというわけだ。
 安曇野の実家に帰り、いつも思うことがある。地域が年金や介護でまわっているような気になるのだ。
 母も介護保険の世話になっている。家の掃除やマッサージなどだ。今年、トイレのドアを引き戸にした。車椅子になっても、出入りが楽になるためだ。その費用に介護保険の住宅介護修繕費を使った。20万円まで使えるという説明を受けた。
 業者が見積もりにやってきた。30代の男性だった。東京の建築会社に働いていたが、最近、安曇野に帰ってきたという。
「介護修繕の仕事がありますから」
 いま、地方に生まれる仕事は老人にかかわるものが多い。その原資は介護保険や年金なのだ。
 年金の支給日は、商店街も活気づくのだという。衣料品店は支給日に合わせてセールを組む。
 年金支給日の翌日は終戦の日だった。
 戦争の悲惨さを実体験として知っている世代の大多数は年金受給者だろう。そしてその年金で、日本の地方は支えられている。戦後70年とは、つまりそういう年月だった。
 ATMの列が教えてくれることでもある。


Posted by 下川裕治 at 11:28│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。