2018年10月22日
『日日是好日』というあの時代への反発
『日日是好日』という映画を観た。平日の午後。それほど混んではいないだろうと思ったが、席は最前列から3列分しかあいていなかった。「見あげるようになりますが」。係員の説明がちょっとうれしかった。
知人の森下典子さんのエッセイを原作にした映画だ。人気がある証。やはりうれしい。
彼女とは週刊朝日で同じページを担当していた。デキゴトロシーというコラムのページである。映画の中でも、実家を出、ライターとして働いているシーンがあるが、あの頃だろうと思う。僕らは毎日のように会っていた。僕はその後、旅をしては原稿を書くというなんだかばたばたとした世界に入ってしまったが、彼女は不器用に自分の世界を描き続けていた。
茶道という世界を軸に、彼女の日々を綴ったエッセイ『日日是好日』はロングセラーになった。
試写会の案内をもらったが忙しくて時間がとれなかった。
観客は女性が多かった。それもシニアと呼ばれる世代。茶道がテーマだからだろうか。
エッセイを映画に仕立てるのは難しいことだと思う。本には1冊を通したストーリーがないからだ。一般的に考える映画らしい映画にならない。話題も地味である。
しかし、いい映画だった。監督は無理やりストーリーをつくることをしなかった。なにか人生の教訓を押しつけるところもない。話は淡々と進む。
「水の音が違う」というシーンがある。お茶をたてるために湯を沸かす。それを注ぐのだが、その音が違うという。季節によって、湯の音が変わるのだ。
ある意味、環境映画のように観てもいいのかもしれないと思った。茶道は、日本の自然に辿り着く。そこが丁寧に描かれている。
だいぶ昔、高倉健が出演するヤクザ映画を観た客は、映画館を出たとき、自分が強くなったような錯覚に陥るという話を聞いたことがある。僕はヤクザ映画を観ないので、その感覚がわからないが、『日日是好日』を観た人々は、映画館を出ると、空を見あげ、街路樹に視線を集めるのかもしれない。
「もう秋か……」
そんな心境に導いてくれる映画だった。
高度成長の時代、日本人は体からエネルギーぱちぱちとを発散させて生きていた。そのうねりが去り、ようやく自然の繊細な営みに目が向くようになったという流れなのかもしれない。
森下さんと一緒に仕事をしていたとき、世間はバブルのただなかだった。そのなかで僕は、『12万円で世界を歩く』という貧乏旅行の連載をはじめた。それはバブル時代というものに居心地の悪さを感じていたからかもしれない。
その頃、森下さんは週に1回、お茶を習っていた。それもあの時代へ反発だったような気がする。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=玄奘三蔵が辿ったシルクロードの旅。いまはインドから中国に戻る帰路編を連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。インドネシアの列車旅の連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
知人の森下典子さんのエッセイを原作にした映画だ。人気がある証。やはりうれしい。
彼女とは週刊朝日で同じページを担当していた。デキゴトロシーというコラムのページである。映画の中でも、実家を出、ライターとして働いているシーンがあるが、あの頃だろうと思う。僕らは毎日のように会っていた。僕はその後、旅をしては原稿を書くというなんだかばたばたとした世界に入ってしまったが、彼女は不器用に自分の世界を描き続けていた。
茶道という世界を軸に、彼女の日々を綴ったエッセイ『日日是好日』はロングセラーになった。
試写会の案内をもらったが忙しくて時間がとれなかった。
観客は女性が多かった。それもシニアと呼ばれる世代。茶道がテーマだからだろうか。
エッセイを映画に仕立てるのは難しいことだと思う。本には1冊を通したストーリーがないからだ。一般的に考える映画らしい映画にならない。話題も地味である。
しかし、いい映画だった。監督は無理やりストーリーをつくることをしなかった。なにか人生の教訓を押しつけるところもない。話は淡々と進む。
「水の音が違う」というシーンがある。お茶をたてるために湯を沸かす。それを注ぐのだが、その音が違うという。季節によって、湯の音が変わるのだ。
ある意味、環境映画のように観てもいいのかもしれないと思った。茶道は、日本の自然に辿り着く。そこが丁寧に描かれている。
だいぶ昔、高倉健が出演するヤクザ映画を観た客は、映画館を出たとき、自分が強くなったような錯覚に陥るという話を聞いたことがある。僕はヤクザ映画を観ないので、その感覚がわからないが、『日日是好日』を観た人々は、映画館を出ると、空を見あげ、街路樹に視線を集めるのかもしれない。
「もう秋か……」
そんな心境に導いてくれる映画だった。
高度成長の時代、日本人は体からエネルギーぱちぱちとを発散させて生きていた。そのうねりが去り、ようやく自然の繊細な営みに目が向くようになったという流れなのかもしれない。
森下さんと一緒に仕事をしていたとき、世間はバブルのただなかだった。そのなかで僕は、『12万円で世界を歩く』という貧乏旅行の連載をはじめた。それはバブル時代というものに居心地の悪さを感じていたからかもしれない。
その頃、森下さんは週に1回、お茶を習っていた。それもあの時代へ反発だったような気がする。
■このブログ以外の連載を紹介します。
○クリックディープ旅=玄奘三蔵が辿ったシルクロードの旅。いまはインドから中国に戻る帰路編を連載中。
○どこへと訊かれて=人々が通りすぎる世界の空港や駅物。
○東南アジア全鉄道走破の旅=苦戦を強いられている東南アジア「完乗」の旅。インドネシアの列車旅の連載中。
○タビノート=LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記
Posted by 下川裕治 at 11:15│Comments(1)
この記事へのコメント
水の音で季節を感じ取る。
なんとも風流ですね。
季節の移り変わりに敏感になった。
この映画の美しさがそうさせたのですね。
映画館にあまり行かなくなってしまったけれども
映画って良いですよね。
なんとも風流ですね。
季節の移り変わりに敏感になった。
この映画の美しさがそうさせたのですね。
映画館にあまり行かなくなってしまったけれども
映画って良いですよね。
Posted by たぬきまるだいすけ at 2018年11月01日 01:33
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