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ナムジャイブログ

2020年10月26日

軍手を忍ばせた結婚式

 土曜日に高尾山に登ってきた。北アルプスはすでに冠雪。コロナ禍で山小屋も予約制になり、気まぐれ登山はできない。安易に高尾山になってしまった。2~3時間で登り終えてしまう山だが、ひんやりとした空気に包まれた林の道はつい深呼吸をしてしまう。週末で登山客が多いことはマイナス材料だったが。
 気分転換のつもりだった。来週から次の本の原稿を書きはじめなくてはならない。また苦しい日々になる。コロナ禍とは無縁の自主隔離に入る。その前に山にでも……と思ったのだ。
 若いときからの癖で、山に登るときは軍手をはめる。高尾山では必要ないとは思うのだが、山は山である。
 昨年、台湾の秘湯の旅を続けていた。栗松温泉という谷底温泉にも行った。この種の温泉は、急な山道や崖を2時間近くくだって辿り着く。滝つぼや川岸を掘って湯を溜めただけの温泉である。
 くだり口に箱が置かれ、そこに軍手は何個も入っていた。温泉への山道で使ってください……という配慮だった。途中までくだり、その意味がよくわかった。急な崖にロープが吊るされていた。それを握りしめ、そろそろと崖をおりていく。軍手があって助かった。
 大学時代、僕は大学新聞部に入っていた。そのひとりが先日、脳内出血で死んだ。大学新聞部の友人が集まる話が進んでいる。
 メンバーのひとりの結婚式を思い出す。当時の大学新聞は学生運動に翻弄されていた。新聞部もさまざまなセクトの影響を受け、ふたつに分裂してしまった。
 僕らはセクトとは距離を置くグループだった。分裂の構造は卒業後も続いていた。ひとりが結婚することになった。そのとき、分裂した相手のグループが殴り込みをかけるという噂が広まった。
 結婚式の当日、僕らは集まり、用意した漫画本を切り裂いて腹に巻いた。殴られたときのためだった。そして皆、軍手を用意した。
 皆、結婚式用のスーツを着ていた。しかしポケットには、軍手が入っていた。
 殴り込みはなかった。結婚式は無事に終わった。そのメンバーが集まる。
 新聞部だからマスコミ関係に就職した友人が多い。新聞社がいちばん多かった。新聞はその後、つらい時代を迎えるが、多くの友人はそのなかを生き抜いてきた。
 皆、偉くなった。僕は旅行作家などという肩書はもっているが、やっていることは一兵卒である。上司もいないが、部下もいない。それに比べれば、彼らは多くの部下を抱えている。
 皆、あの結婚式の日のことを覚えているはずだ。いまとなっては、どこか笑い話にも聞こえるかもしれないが、僕らは緊張して式に臨んでいた。

 

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Posted by 下川裕治 at 13:32│Comments(0)
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