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ナムジャイブログ

2021年06月14日

マスク顔識別トレーニング

 東京の飯田橋を歩いていると、突然、声をかけられた。顔を見ても誰なのかわからなかった。
「Uです」
 月に2回、僕の原稿をチェックしてくれている出版社の編集の女性だった。メールのやりとりは頻繁にある。
 担当が彼女に変わったのは昨年の5月頃だったろうか。1度、編集部の会議室であいさつをした記憶もある。
 マスクだった。
 その頃、すでに新型コロナウイルスの感染が広まり、人に会うときはマスクをつけることは当たり前になっていた。僕も彼女もマスクをつけていた。
 僕は本やネットに顔が出ているので、彼女は、僕がマスクをしていても認識していたのかもしれない。しかし僕はマスクをつけたUさんしか知らない。顔全体を知らないのだ。
 街にはマスクをつけた人ばかりが歩いているわけで、そのなかからUさんを識別するのは……。コロナ禍の長さを改めて確認してしまう。
 昔から人の顔を覚えることが苦手だった。その傾向はますます強くなっている。そこにコロナ禍が拍車をかけている。
 数日前、誕生日を迎えた。67歳である。ひとつの年齢を刻んだとき、人が考えることはざまざまだろうが、この年になると、あまりいいことは考えられなくなる。
「足腰が弱ってきたなぁ」
 体力の衰えを実感しているからだ。
「ワクチンを早く接種できて羨ましい」
 という言葉にも高齢者である自分を実感してしまう。
 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためには、とにかく人と接する機会を減らして行くしかない。しかしそれは老化の速度を早めていくことでもある。
 僕は海外に出、さまざまな人と会い、帰国して原稿を書くことを繰り返してきた。日本にいるときは、こもって原稿を書くことが多い。だから東京での生活はそれほど変わらないのだが、いまは海外に出ることも簡単ではない。人と会う機会がずいぶん減っていることになる。そして東京で人に出会ったとしても、皆、マスクなのだ。識別が難しい。それは老いへの警鐘にも映る。
 人生への色気のようなものは、人への色気だと思う。昔から人の顔を覚えることが苦手ということは、人生への色気が足りないからかもしれない。なにもなければ、そんなことも気づかずに、平坦な老いへの道を歩いていたのかもしれない。が、新型コロナウイルスは、それを許してくれなかったということらしい。
 環境の変化は、意識の変容を浮きだたせるものだ。そこで焦って、マスクをした人々の顔をじっと見る。これもコロナ禍でのトレーニングと思いつつ。

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Posted by 下川裕治 at 13:26│Comments(0)
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