インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

2022年08月22日

入れ歯の連帯感

 昨年の春、入れ歯をつくった。下の歯の左右で2個。安易な気もちでつくってしまったが、これが意外と大変な代物であることをいまになって知らされている。
 子供の頃から歯が悪かった。歯科医からは歯の形がよくないといわれ、20歳の頃には奥歯のほとんどに治療が入っているありさまだった。
「これでは若くして総入れ歯ですよ」
 という歯科医の忠告を受け、歯磨きに心を入れるようになった。その甲斐があったのだろうか、なんとか自分の歯のまま、60歳代を迎えたが、さすがに……。若い頃、治療したところが経年劣化というか、その土台の部分から弱くなり、ときに痛みが走るようになってしまった。
「もう入れ歯しかないですかね」
 懇意にしている歯科医からいわれた。
 かぶせた金属をはずし、そのなかの劣化した歯をとり、新しく2個の入れ歯が入ったのだが……。
 僕は入れ歯に対して不勉強で、歯を入れたらもうそのままでいいかと思っていた。しかし毎日、入れ歯をはずして洗わなくてはならないことを知った。
「入れ歯というものはそういうものなのか」
 年をとるごとにやることが増えていく。
 入れ歯を装着するときも、最初はどうしてもフィットしない。微調整を繰り返して、なんとなく違和感のない感覚に辿り着くという手順を踏む。
 ちょうどその頃、エチオピアとエジプトに行くことになった。まだ違和感は残っている状態だった。長く装着していると、なんとなく歯疲れというか、はずしたい思いが募ってくる。
 エチオピア航空に乗った。コロナ禍のフライトで、成田空港から乗った飛行機はソウルを経由し、アディスアベバに向かった。
 11時間もかかる長いフライトである。機内映画を2本観ても、まだ空の上だ。機内食は2回出た。コロナ禍だから機内は混みあっていない。体を横にすることができる。
 僕はややきついひとつの入れ歯をはずし、ティッシュペーパーにくるんでテーブルの上に置き、体を横にして眠った。
 機内放送で目が覚めた。入れ歯を装着しようとした。ところが歯がない。寝ている間に転がり落ちてしまったのだろうか。客室乗務員がゴミだと思って回収してしまった? 床の上を丹念に探したらみるからない。
「どうしようか。諦めるしかないか」
 同時にふたつの入れ歯をつくったので、ひとつがいくらわからないが、4000円ぐらいはかかる気がする。
 すると、通路を挟んで斜め前に座っていた韓国人の初老の男性が、僕の入れ歯を手に僕のところまでやってきてくれた。どうもティッシュペーパーがとれ、転がっていたようだった。
 自分の入れ歯をこういうのもなんだが、あまり気もちがいいものではない。歯肉に似せたピンク色の台に歯と金属製の留め具がついている。韓国人の男性は、それを手渡しながら優しく笑った。
 その瞬間、この男性も入れ歯を入れているのに違いないと思った。コロナ禍でもアフリカに働きに行かなくてはならない韓国人のビジネスマン。食事の後はいつも入れ歯を洗っているのだろう……。入れ歯組だけがわかる妙な連帯感。年よりは年より同士で支えあうということか。

■YouTube「下川裕治のアジアチャンネル」。
https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
面白そうだったらチャンネル登録を。
■noteでクリックディープ旅などを連載。
https://note.com/shimokawa_note/
○旅をせんとやうまれけむ=つい立ち止まってしまうアジアのいまを。
○アジアは今日も薄曇り=コロナ禍の海外旅行を連載中。
■ツイッターは@Shimokawa_Yuji




Posted by 下川裕治 at 12:03│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。